第73話 《from ラブイズ》73

2月12日(木)

朝一番で母と一緒にジニアス法律事務所へ赴く。
ピンポン
「すみません、先日お電話致しました…」
…ガチャ、「どうぞー。やあやあよくぞおいでなさいました!そちらへどうぞ。」
小柄な商人のような、それでいて言葉が力強い初老の弁護士だった。

「はい、今日は宜しくお願いします…」

「…でどんな相談ですか?」

「はい、こちらをお願いします…」

昨日まとめた資料を提出する。

食い入るように真剣な眼差しで飛ばすことなく、A4用紙20枚にはなろうかという資料に目を通す先生。過去から現在までの、そして最近のけんかの内容まで隠すことなく綴った内容だ。自分にとって嫌なことも、妻を羽交い絞めにしたことや、声を荒げたこと、渡せなかった生活費のこと、全てを書いた。

…約15分、先生が資料を読み終わるとゆっくり顔をあげた。

「…ご主人のはDVじゃありませんよ。」

…泣いた。

ずっと怖かった。

何が怖かったというのは、自分が信じて家族を守ってきたものが、全て否定される事が怖かったのだ。

救われた気分がした。
隣で母親も泣いていた。

「…しかし…
親権を取るのは4割から5割の確立でしょうな。

子供が小学校低学年の場合、子供の意見が最優先されるのです。どんな母親でも母親であることは間違いないので、たいがいは母親と一緒に居た方がいいと判断が下される。

まずは調停を申し立てたほうがいいかな…
相手がどこか遠くに行く可能性がある場合、調停を申し立てた相手の所在地の家庭裁判所の管轄になります。だから仮に相手の実家が遠ければ、ここからそこまでまで行かなければならなくなるのです。これは大変ですから。
向こうの流れとしましては、まず女性の権利委員会というものがあるのですが、そこで弁護士会といわゆるタイアップという形をとっており、弁護士が紹介されます。そこで一週間ほどで保護命令が出るのですが、緊急措置ということで離婚調停を申し立てるということになります。

どちらにしても、調停で話し合いがつかなければ不成立となり離婚訴訟へ発展します。
しかし、訴訟になって裁判になったとしても、その中でまた和解することも可能です。
そして、調停にも訴訟にも相手が出て来ない可能性もあります。その時は『証拠調べ』の裁判所の方で行い、特に問題がなければこちらの言い分を100%みなし、勝訴となります。

妻側に親権を取られると今度は面接交渉権を得ることになりますが、実際問題相手が嫌がると会えないケースが多いようです。こちらは養育費なり支払わないと財産差押えなど法的に行使されるのに割りに合わないのですが、今はそういう時代になってしまっているのです…残念ながら…
…まずは離婚してもよいという考えなら、私は調停を申し込んだ方がいいと思います。相手が遠くに行けば行くほど、現実的に話し合いは困難になります。もし相手が実際に遠くに行っていた場合はこちらから取り下げることも出来ますので…

離婚調停は裁判所で受け付けております。戸籍謄本と住民票、印紙代、そして郵便切手代がかかります。

もしそれで調停が不成立におわり、裁判になって向こうの弁護士が訳のわからない専門用語を振りかざすようだったら、私でよろしければ弁護致しますのでいつでもおいで下さい。」

…あっという間に一時間半が過ぎようとしていた。

心の中は道が示されたというひとつの安堵と、これから先どうなるかという不安、そして混沌の中、漠然とした恐怖が漂っていた。

とりあえず言われた通りのものを用意し裁判所へ向かう。

裁判所の方はとても事務的で機械のように仕事をこなしていた。
私はひどく場違いな気がして虚ろに作業を進めていた。

混乱と不安と恐怖の中、生まれて初めて『自分を見失う』ということを知った。

自分にとって理不尽とも思える問題が起きる。
そしてその問題や当事者や環境に対して怒りを持つ。

怒りの根底には恐れがあり、
恐れの裏側には不安がある。

そしてその不安を一つ一つ『覚悟』に変えていく。

あらゆる問題は一つの事柄だけではなく、いくつもの事柄が複雑に絡みあって起きている。

その不安な事柄の一つ一つを紐解き、覚悟に変えていく。

時には絡み合った不安を理路整然とほどきながら見極め、その一つ一つを覚悟に変えていく。

だから時間がかかる。

『気持ちの切り替えを上手にすること』と『覚悟すること』は違う。

覚悟とは『最悪の事態に対する決意』の事。

一つ一つの事柄を

受け止める。
受け入れる。
受け流す。

だけど、全てを受け止めたり受け入れたり受け流したり出来るはずもない。

出来ないことは出来ないこととして受け入れる。
そして
そういうことを
感じて
考えて
思って
想いながら
普段の生活をこなす。

だから余計時間がかかる。

中にはそれが
出来ない人や
感じない人や
考えない人や
思えない人や
想えない人もいると思う。

だけど、それも全て正しいことだと思う。

人間は全て違う人間なのだから正しい答えなんて無い。

だから相手の価値観をお互いに認めて受け入れて生きて行く必要があると思う。

本当は今も心が押し潰されてしまいそうに感じる。
愛情は無くしていたとはいえ、突然妻が子供を連れていなくなりしばらく経つ。
その後、
3月5日に初調停があった。

私が申立てた調停だったので最初に申立ての理由を聞かれた。

私はこのような状況になった全てのけじめをつける気持ちでいた。

向こうは弁護士がいたが、DVでは訴えていなかった。

彼女は去年から言っていた離婚をしたいと。

そして、とにかく子供と離さないで欲しいという懇願を訴えてきた。

私は親権を彼女に譲り、彼女の言い分の全てを受け入れた。

私はいつも彼女に「相手の価値観を受け入れないといつまでたっても自分の価値観を受け入れてもらえないよ。」と言い続けてきた。

ここで私が彼女の考え方を否定し、親権を奪ってもそれは今まで私がとってきた行動に筋が通らなくなる。

そして私もこの一ヶ月間子供と離れ、
子供がいない辛さを
子供がいない心配を
いやというほど感じた。

3歳から5年間離された母子。
母親のそれはおそらく私が感じるほど以上に強く、これ以上彼女と子供を離すことは出来ないという、私にとって苦渋の決断をした

例え親権を取ったとしたら、彼女は自殺や子供を誘拐、無理心中をするかも知れない。

母親の子供に対する育児放棄などの懸念が拭えないまま、子供が確実に苦労の道を歩むのを解っていながら、そのような決断をした。

何一つ最良の考えが浮かばない中の決断だった。

from ラブイズ

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