第92話 《キキョウ》7

「ただいまママー!おやつ食べるー!」

帰宅してまっすぐに洗面所に向かい、鼻歌まじりで手を洗うアイハ。

まだ9歳の子にこんなことを話してもいいのだろうか…
でもきちんと話さないとダメだと思う。

少し前にも彼の病気についてアイハに話したことがあった。

けれど前は彼の現状を知ってもらう話で、今回は会えなくなるかも知れないという話だ。

だけど、話そう。

これはアイハの人生にも大切な話だから…

いつの間にかアイハは戸棚からビスケットの袋を取り出して美味しそうに頬張っていた。

「ママも食べるー?」
最後になったビスケットを半分だけ残してアイハが差し出してくれる。

「ううん。アイハにあげる」

「やったぁ♪」

「あのねアイハ」

「なぁに?」

「パパね、また入院するかも知れないんだって」

「ふぅん」

「そしたらね、ちょっと難しいお薬を使うから、ひょっとしたらずっと目が覚めないかも知れないんだって」

「ふぅん」

「だからママどうしようかと思ってるんだ」

「どうしようって?」

「入院させるの止めようか、入院してもらおうか」

「なんで?」

「パパが目を覚まさなかったら嫌じゃない」

「でも入院しないと、病気治らないんでしょう?」

「それもなんとも言えないの。したからといって治るとはいえないみたいなの」

「えーなんでじゃあ入院するのー?」

「パパがしたいんだって」

「パパが…」
するとアイハは少し考えてから言った。
「パパがしたいならいいんじゃない?」

「でも入院したらずっとパパ寝たままになるかも知れないんだよ?」

「そこはママのキッスで目がさめるからだいじょぶだよ!ママで足りなかったらアイハもするし!」

「いやぁキッスじゃ覚めない感じだったよ」

「そうなのー?うーんそっかぁ。ぜったいおきないの?」

「絶対じゃないみたいだけど…」

「パパは入院したいんでしょう?なんで?あ!パパに聞いてみるか!」

「ちょっと!ちょっと待ってアイハ!まずは二人で考えてからママがパパに聞いてみるから!」

「あ、そうかぁパパの気もちが一ばん大事じゃない?」

うーん確かに…
なかなか鋭い意見を突く。

「…わかった。まずはパパに聞いてみる」

「聞いてなかったの!?まずは相手の話聞きなさいってアイハいっつも先生に言われてるよ」

「そうかぁ…そうだよねぇ」

「そうだよママー。大人なんだからしっかりしてよー」

「アハハごめーん」

「あ!アイハなわとびれんしゅうしなきゃ!じゃあねママ!パパに聞いといてね!」

「あ!はーい!車に気を付けるのよ〜!」

「わかったー!」

バタン!と勢いよく戸を閉めてアイハは駆け出して行った。

まぁ当然よね。
彼の話も聞かないと…

ただ私は彼が怖かった。

私はまだ彼から逃げていた。

でも家族で一緒に居たいって決めたんだもん。

頑張ってメールしよう。

……

………

『明日、話がしたい。』

たったこれだけの文字を打つのに10分もかかってしまった。

彼が家を飛び出してから、私との連絡を断ちたいと連絡手段を全てシャットアウトされてしまったことがあってから、彼に連絡するのを躊躇してしまう。

その時はしばらくして博士が仲を取り直してくれたんだけど、どうもギクシャクしてしまう。

えいっ!と送信ボタンを押すとすぐに返信が来た。

『AMなら大丈夫。』

…とりあえず第一関門突破。

そうこうしている内にアイハが公園から帰ってきた。

「ママー!ばんごはんなにー!」

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