第94話 《キキョウ》9

その日の夜。

晩御飯を食べていると唐突にアイハが聞いてきた。

「そういえばパパ、なんて言ってたの?」

「え?ああ、パパね。やっぱり入院したいみたい」

「そっかぁ、パパがしたいんならいいんじゃない?」

「うん…そうね…」

「パパはなんで入院したいの?」

「うん…パパね、治りたいみたいなんだ」

「“わー!”てなるやつ?」

「そう、あれがね、辛いんだって」

「そっかぁ、あれ辛そうだもんね」

「うん…だから入院したいんだって…」

「ママは?うれしくないの?」

「うん…なんかね…難しい手術をするみたいでね…ママ心配なんだ…」

「うん。そうだよねぇ。パパ、ママに甘えてばかりだからなぁ」

「アイハは?パパのことどう思う?」

「アイハはね!パパ大すきだよ!
だから、おっきくなったら今度はアイハがパパのめんどうみるの!そしたらママ少し休めるでしょ!」

「アイハ…」

「だからね、アイハどっちでもいいんだ!
パパがしたいことしたらいいと思うよ。だってアイハもなわとびしたいからしてるんだもん。なわとびしたらダメっていわれたら悲しくなっちゃう。
だからね、パパが悲しくならないように“していいよ”って言ってあげるの。ママもそうしなよ!」

「…パパでも入院したら、ずっと出てこれなくなるみたいだよ…」

「どれくらい?」

「わからない…ずっと…たくさん…」

「そしたらアイハその間に大きくなるからだいじょぶだよ!
ママとアイハでかわりばんこにパパのお世話しよ?」

「いいの…?それで…」

「うんいいよ!ママは?」

「ママは…本当は嫌かな。だってパパがいつ目を覚ますかわからないんだもん」

「そしたらさ、キッスしたらいいよ!パパにキッスしたらぜったいおきるよッ!
アイハがほっぺにするから、ママはお口ね!」
「いや〜起きるかなぁ?」

「ぜったいおきるよッ!ゆびきりしてもいいよ!ゆびきりしてもいいよ!!」

「や〜指切りはいいよ〜」

「ママゆびきりしよう!」

「え〜?」と指を差し出すとアイハは指切りの形を作って歌い出した。

「ゆーびきーりげんまんうっそついたらはり3ぼんのーます!ゆびきった!」

針3本はラブイズの言葉。
日本語の『千本』をラブイズが『3本』で覚えてアイハに教えた為、うちの指切りは針3本になっている。

ムダにちょっと飲めそうな数でコワイとラブイズと二人で笑った記憶がある。

「じゃあパパ起きなかったらママが針3本飲ませて起こそうか?」

「ママ…ねているときに、はり3ぼんはやさしくないよ…」

「あ…そ、そうね!ていうか冗談よ、も〜!」

「あ〜じょうだんか〜ママごめんごめん」

「ははは…あ〜ぁ、アイハには参るわ」

「ママいっつもそれ」

「ハイハイごめんごめん」

「“ハイ”は一回でいい」

「ハイ!ごめんなさい!」

「いいよ〜あのねママ」

「なぁにアイハ?」

「パパのこと二人でめんどう見てこ?」

「そうね…二人で見てこっか」

「うん!アイハね、お医者さんになってパパ治してあげるの!」

「あ〜じゃあピーマンたべなきゃ大きくなれないぞ〜!」

「げげ!しまった!」

「はい食べる〜」

「む〜ぅ…」

アイハがピーマンと格闘している間、彼女の言葉を考える。

アイハは見守ってほしいなんて思っていない。
逆に彼の面倒を見ることを考えていた。それどころか私のことまで考えていた…

彼と二人でアイハを見守りたいのは私のエゴだったかも知れない。

例え彼が目覚めることがなかったとしても、アイハの負担になることは今よりかは少ないだろう。

研究所にいれば博士もいてくれる。

よしんば目覚めて、薬要らずの生活に彼がなれば尚良し。

もし変わらなかったにしても、今とはそんなに変わらないだろう。
変わらない彼に対して、変わって欲しいと私が望むことは出来るけど何も変わらない。

変わりたい彼に対して、寝たきりは嫌だと私が望むことは出来るけど何も変わらない。

ならば、
変わりたい彼に対して私は何が出来るんだろう。

きっとそれはやっぱり見守ることなんだと思う。

私には見守ることしか出来ないんだと思う。

アイハを見守るのと同じように、
彼を見守ろう。

そう考えた。

その日、アイハはいつもなら残すピーマンを全て平らげた。

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