第95話 《キキョウ》10

「…という訳で彼を見守っていくことにします」

ここ数日の思いを博士に聞いてもらった。

博士は何度も何度も、それでいいのかい?悔いは残らないかい?と聞いてくれた。

アイハと二人で彼を見守ること。

彼と二人でアイハを見守ること。

その二つは似て非なるものかもかも知れない。

だけど家族という枠の中で、家族で支え合うことになんら変わりはないと思う。

私が望むものは家族との幸せな生活だから。

なるべく3人でいることが私が望むものに必要なんだと今は思う。

それが『愛』と呼べるものなのか私の『エゴ』なのかはわからない。

そう言った後、博士はそっと口を開いた。

「…我々の最大のテーマは『正しい愛による思考の方向性』を見極めることだ。

では『正しい愛』『間違った愛』の定義とはなんだろう?

相手のことを思う思考が正しい愛だとしても、それは全て自我が考えていることだ。

考え方の方向転換をしてみると、自我から愛は発信されるとも言える。

全ての思いは自我から発信される。

だからといって、全ての自我の思いを利他に向けることは出来るのだろうか?

全ての自我を利他に向けてしまうということは、例えば自分の仕事で得た賃金を全て他人にあげてしまうようなものだ。

すると自分の生活はたち行かなくなる。

私は50:50なんだと思う。

自分の心と相手の心。

両方を大切にする心が基盤として必要なんだと考えている。

それが出来なくなってしまい、自己だけを守る発信をしてしまうのが、ラブイズを始めとする様々な人の抱える難問と、その周りの人が抱える苦悩に発展してしまうんだと私は思うんだ。

…キキョウ

君は50:50の心を上手に持った素晴らしい人間だよ。

悩むことはない。

一応私だってこの世界の権威なんだからね!

だから大丈夫。

君の思考の方向性は正しいと私は思うよ」
相変わらず難解な博士の話は少し面倒臭いけど、私を慰めてくれようとしてくれているのはわかる。

ラブイズもそうだけれども、なんでこの人達は面倒臭い言い方をするんだろう。

…でも私はそんな博士が好きだ。

難解な話を一生懸命話してくれる博士が好きだ。
「うふふ…」
「キキョウ…?」

「ああごめんなさい!博士、いつもありがとう」

「ああ…いいんだよ。
ではラブイズが入るマシンについてだけれども、君の思考を理解する為にも君の協力が必要になる。連絡していた君の日記は持ってきてくれたかな?」

「はい、こちらです」

バッグの中から一冊の日記帳を取り出した。

ここにはラブイズが不安定になってからの5年間の私の苦悩が綴られている。

「グッド。
それでは改めて今回の流れを説明しよう」

「博士」

「なんだい?」

「分かりやすくお願いします」

「…むぅ…
…そうだね…まぁシステムについては前も話したしいいだろう。
ようは、ラブイズが発症してからの5年間を、君の立場から経験してもらうということだ。
その思考の方向性がどうなるのか。
それをナノマシンと人工知能の連携により解析していく。
ただ、初めての試みだから万全を期して、ラブイズと人工知能の連携は今回は完全に分けることにする。
生命活動に必要なナノマシンが人工知能の解析作用によりどんなイレギュラーが起こるかわからないからね。
つまり、ラブイズはラブイズ。
解析は解析の別で行うということだ。
これにより、ラブイズの生命維持だけに注力することが出来る。
まずはそこが重要だ。

ラブイズが経験する内容は、君の日記を元にナノマシンにプログラムする。
ようは物語が作られて、ラブイズはそれに沿った経験がなされることになる。
最初に機械に身体を馴染ませる期間が4ヶ月かかるとして、そこから5年少しの物語があるから、合計で6年くらいはマシンに入ることになる。
それから後は未知数だ。
そしてもう一つ、各ナノマシンと外部からの電気信号により、少しでも筋肉が落ちないように維持していくが、それでも物理的な運動よりかなりの機能低下が見込まれる。
なので今、ラブイズにはトレーニングジムに行って熱心に筋トレに励んでもらっているよ。
ウェイトも強化しなければならない。
元々はサッカーで鍛えていたから筋肉はつきやすい体質のようだから間に合うだろうがね。
とりあえず筋肉、ウェイトともに20%アップを目標に順調にこなしているよ。
それでも生命の危険が示唆されればすぐに中止させるような処置は取る。
ここまでで何か質問はあるかな?」

「あの…彼には会えるんですか?」

「彼は完全な無菌室と完全な静寂の中に保管される。
だから会うことは出来ないかな。
ただ、マシンのモニター越しに彼の顔を見ることは可能だよ。」

「そう…そうですよね…少しでもアイハと彼に会いに行きたかったから…」

「そうだね。本当ならば職員以外は立ち入ることが出来ないのだが、君達はいつでも彼に会えるようにしておくよ。
キキョウ…
いつでもアイハと会いにおいで…」

「…博士…ありがとうございます…」

「逆に…すまなかったね…君にさらに辛い思いをさせるようなことをして…」

「いや…アイハと二人で決めたことですから…」

「そうか、わかった」

…それから幾日かして、今回の研究に対する分厚い説明書と同意書が送られてきた。
分厚い説明書を見ることはなく、ただ同意書にサインをして、博士宛に手紙を書いて同封し送り返しておいた。

程なくして博士から彼が機械に入る日がメールで送られてきた。

そして彼と会う日を決めた。

ひょっとしたら彼と会えるのがこれが最後になるかも知れないから…

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク