第103話 《キキョウ》18

…朝ごはんの準備は出来た…
コーヒーも淹れたてが万全だ…

しかし…

起きてこない…

むむむむむむ…

…そっと寝室をのぞくと、毛布にくるまっている彼の後ろにぴったりとくっついて二人ですやすやと寝息を立てている…

…ズルイ。

しかし私は大人なので、そっとその扉を音を出さずに閉めてあげた。

アイハ…
アイハも彼の温もりが欲しいに違いない。

あんなに嬉しそうなアイハを見るのは久しぶりだった。

昨日のことはまるで夢のようだった…

居間でのんびりコーヒーを飲んでいると何だか寝室の方から声が聞こえてきた。

キャッキャッ
ウフフフフフ…

…ズルイ…

バタン!と戸を開けて二人を見ると、飛行機ごっこに勤しむ彼とアイハと目が合った。

「ママもまざるー!」とベッドにダイブ。

キャー!と矯声を上げるアイハ。
うおおっ!とびっくりして避ける彼。

ドフッ!とベッドに倒れ込む私。

「なんで受け止めてくれないのッ!」

「いや…だってアイハ居たし…」

「キャハハハハハハ!」

「アイハだけズルい!アイハだけズルい!」

そうやって足をバタバタさせてみた。

「パパ!ママにもひこうきしてあげて!」

「う…うん…出来るかなぁ…」

「わーい」

「はい…よっと!」

「わー!パパすごーい!」

「むぅぅ…!」

顔を真っ赤にしながらぷるぷるさせて必死に私を支える彼を見て吹き出してしまった。
途端、私を支える力が消え失せ、彼になだれ込む。

「キャーッ!キャキャキャキャキャッ!」
アイハが悲鳴にも似た笑い声をあげながら転がり回っている。

「お…重い…」

「失礼ねーきちんとダイエットしてますぅ」

「いや…そういう問題じゃなくて…」

「ぎゅうぅぅぅぅぅ!」
「あー!アイハもパパにぎゅうするー!」

「あ…トイレに行きたいんだけども…」

「ダメー」
「だめー」

「ぬあぁ…」

二人に押し潰される彼の姿を見てなんだか可笑しくてアイハと二人で笑い転げた。

「あはははは…あーあ、じゃあご飯食べよっか!」

「あ!アイハぎゅうにゅう飲むー!」
「顔洗ってからだよ〜」
「はーい」

「…もう…離してくれないか…」

「ぎゅうぅぅぅぅぅ!」

「ふぐっ!」

「はいおしまい!コーヒー出来てるよ!」

「ああ…有難う…」

朝からこっそりアイハと楽しんでいた彼のエネルギーをエンプティに近付けたことに満足し、彼を尻目に朝ごはんの用意に取り掛かる。

「ぎゅーにゅー♪ぎゅーにゅー♪ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅーにゅーぅ♪」

ご機嫌なアイハは牛乳を歌いながらコクコク飲み干すと「あ〜ぁ…」と一つ溜め息をついた。

「どうしたのアイハ」

「だってパパもう帰っちゃうんでしょう?」

「しょうがないじゃない。パパもお仕事とか入院とか忙しいのよ」

「大人っていっつも忙しいっていう。先生も忙しい忙しいっていってアイハかまってくれないし!」

「何!先生が忙しいって言ってはいかんな!」

起きてきた彼がアイハの言葉に過剰に反応をする。

「まぁまぁ、大人が忙しいっていうのはしょうがないよ。アイハだってたまに言うじゃない」

「いうけどさぁ…」

「今度その先生をパパに会わせなさい」

「ちょっと、あなたもアイハの話を真に受けないの。ほらご飯食べよ〜」

「君はアイハの環境のことをきちんと考えているのか!?」

「あら〜あなたがそれを言うの〜?」

「む…むぅ…コーヒーを貰おうかな…」

「はいはい、ちょっと待っててね〜」

「ママ!“はい”は一回!」

「はいッ!ごめんなさい!」

「もぉ〜いっつもアイハママにいってるんだよ〜」

「ほほぅ…」

「ほほぅ…じゃない!ほら朝ご飯食べる!」

「はぁ〜い」

「学校の準備はしてあるの?」

「してなーい今日は休むの」

「だめー行きなさい」

「やー!だってたまのパパといっしょだよ?」

「パパもこれ食べたら帰るんだよ」

「えーそうなのー?じゃあいっしょに学校行こ?」

「じゃあ途中まで一緒に行こうか」

「ママも!ママもいっしょ!」

「えーお友達に笑われちゃうよ?」

「いいの。パパとママといっしょがいいの。」

「わかった。じゃあ一緒に行こうか!」

「うんー!」

「それじゃぁ早く食べて学校の準備しないとね。」

「はーい!」

「…散歩がてらには丁度いいかな。」

「やったぁ♪」

「あらもうこんな時間!じゃあ私も準備しなきゃ!」

「おいおいずいぶん慌ただしいな」

「何言ってるの、あなたも準備するのよ」

「私は着替えるだけでいいよ。」

「ごちそうさまっ!じゃあ用意してくるー」

「はい。落ち着いて忘れ物しないようにねー!あなたは寝癖」

「おお…あったか…」

「じゃあ私も準備するね。少しゆっくりしてて」

「あぁ…有難う」

急に慌ただしいいつもの朝に変わる。

今日は有給を取ったからのんびり出来ると思ったのに。

だけどアイハの気持ちを思うと、やっぱり家族一緒がいいと思った。

元気な彼と逢えるのは最後かも知れないから。

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