第106話 《キキョウ》21

これまでの私は何の為に生きているのかがわからなかった。

ただ逃げるように日本から飛び出してきた。

留学の話があった時に、私はにのつべもなくその話を受けた。

それは父との生活に限界を感じていたからだった。

それとは別に、幼少期の心理状態には興味があったことももちろん留学の理由にあった。

子供が何を感じ、思い、考え、どう生きるのか?

彼と最初に会ったのは、彼が講師を務める児童心理学のセミナーで私は生徒だった。

講師と言っても簡単なセミナーだったのだけど、めちゃくちゃ堅物だと思った。

真面目で何でも理論的に考える彼は、正直感覚で生きている私には苦手な存在に思えた。

ここの国は子供にも自主性を重んじる。
それで興味があって来たんだけど、日本とは文化が違い過ぎて、私が思う子供の考え方とは距離があり過ぎた。

逆に彼は日本という国の文化や思想に非常に興味があったようで、クリスマスを祝い、正月には神社に行き、お盆にはお墓参りをするというごちゃ混ぜな宗教感が不思議でたまらない感じだった。

「君の国では宗教戦争は起こらない!素晴らしい思想だ!」と熱っぽく語る彼に最初は辟易していた。
面倒臭いとすら感じていた。

ただ、時折見せる彼の悲しい顔が印象的だった。

いく人かの友達は増えたけど、やっぱり外国の一人暮らしは淋しく、次第に日本が恋しくなった。

そんな時に私の他愛のない日本の話を熱心に聞いてくれる彼は、私の癒しとなった。

ただ、周りの人に付き合っているのかと言われた時は全力で否定した。

彼は満更でもない顔をしていたけど…

そんな中で彼は益々悲しい顔をするようになった。

訳を聞くと、「もうすぐ君は帰ってしまうんだろう?」と泣きそうになりながら言ってくるから、思わず笑ってしまったけれども、そんなに私と離れたくないかと、置いてけぼりの犬みたいな目で言われてしまって胸がキュンとしてしまった。

そのうち、研究の為にもずっとこっちに居てくれと何度も何度も言われて、それなら責任取ってくれたらいいよと冗談で伝えたら、真っ赤になって帰ったことがあった。

遂に無理を言って怒らせたかと思っていたら、その数日後に両手で抱えきれない程の桔梗の花束と、指輪を持って彼が現れた。

ただただびっくりしたのと、初めて彼から「結婚して欲しい」と告げられた時にようやく彼の不器用な愛情に気が付いた。

私が一人でいないように
私が淋しい思いをしないように

彼はいつもそばに居てくれた。

こんな平凡な私の為に、たくさんの愛を与えてくれたと感じた私はコロッと彼に参ってしまった。

別に何となくここで暮らすのも悪くないかなと思った。

後で知った話だけど、彼はずいぶんと博士に相談したみたいだった。

最初は私の国に興味があったみたいだけど、次第に私の話ばかりになっていく彼の姿を見て、「ひょっとしたら君はキキョウのことが好きなんじゃないか?」と言ってくれたらしい。その時の彼はびっくりして、そういえばいつも私のことを考えているということを言ったみたい。
博士は「それが恋だ」と教えてくれたとのこと。なんと初恋らしい。付き合いはじめてそれを聞いた時に足をバタバタさせてしまった。

付き合うにつれて彼は私を宝物のように扱った。

真綿でくるむように優しく優しく扱ってくれた。

実は私も初めての彼氏だった。

だからすごく嬉しかった。

彼はいつも難しい事を考えていたけれども、そんな真面目なところも好きだった。

真面目で
堅物で
融通が効かない彼は、
そうあらねばならぬという信念を感じさせた。

彼が初めて私に弱味を見せたのは付き合ってから3ヶ月が経った時だった。

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