第109話 《キキョウ》24

初めて会った彼の母親はまるで認知症の老婆のようだった。

齢50位だというのに顔には深い皺が刻み込まれ、目は虚ろで生気を失っていた。

博士に車椅子で引かれていた彼の母親はおおよそ「生きている」には程遠く、「生かされている」に過ぎないと感じた。

彼は複雑な顔をしながら母親に私を紹介した。

私は一礼をして挨拶をしたけど、彼の母親は何も見えていない様子だった。

彼は悲しそうな、困ったような、泣きそうな顔をしながら「これが私の母だよ」と言った。

私は何も答えられなかった。
博士は「今日のマリーはとても嬉しそうだ」と言った。

けれども私にはわからなかった。

それよりも彼が心配だった。

きっと私に母親を会わせることをすごく悩んだに違いない。

二人のアパートに帰ってから、どこかしら彼はよそよそしく感じた。

そして「こんな母親でごめん」と一言呟いた。

私はなんと言っていいのかわからなくなって、その場で黙ってしまった。

今ならわかる。

彼を抱き締めて「大丈夫だよ」と言ってあげれば良かった。

だけど、当時の私にはそれが出来なかった。

何を
どうすればいいのかわからなかった。
ただ呆然としていた私のそばで、彼は急に叫びだした。

「やっぱりそうだッ!!」

びっくりして彼を見ると怒りに満ちた目で真っ直ぐだけを見ていた。

「あの女が私の人生を狂わせる!あの女が私から全てを取り上げる!あの女がいるからッ!あの女がいるからッ!」

手当たり次第物にあたり出す彼を目の当たりにして、私の身体は硬直してしまった。
私は彼に恐怖を感じた。

「もう止めてーッ!!」
と悲鳴にも似た声をあげると彼は肩で息をしながら、私の方へ振り返った。
「ひィッ!」
私は思わずその時声をあげてしまった。

彼の顔が怒りを通り越して無表情になっていたからだ。

その瞬間、
バタンと彼は意識を失って倒れてしまった。

私は彼に駆け寄って、彼の名前を呼んだ。

彼はビクンビクンと痙攣していた。

私は救急車を呼ぼうと思った瞬間、博士の顔を思い出した。

そして彼の携帯電話から博士の番号を見付けて電話をした。

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