第114話 《キキョウ》29

その日はそのまま一晩泊まった。

次の日帰る時に、父はほこりのかぶっていた写真立てを綺麗に拭いてから私にくれた。

生まれたての私を抱く母の写真だった。

「持ってけ」
と無造作に渡された木の写真立てには、たくさんの手垢で黒くなった後があった。

私が何かしでかす度に、この写真を見つめていた父を思い出した。

「達者でな」
「お父さんもね」

「アリガトウゴザイマシタ」とお辞儀をする彼に父は「頼む」と彼の肩をがっしり叩いていた。

彼はなんだか嬉しそうだった。

帰りに話を聞くと、どうやら日本では父親に殴られてから娘をもらうという文化があるという間違った認識が彼にはあったようだった。

一連の儀式を終えた彼は満足気な表情をしていたので、私は黙っておくことにした。
帰ってから、すぐに結婚式を挙げることになった。
私も彼も特に考えていなかったのだけど、博士がどうしても挙げろと聞かないんだと彼が言った。
父に連絡をしてみたけど「行かん」の一点張りだった。
仕事第一の頑固親父なのでなんとなくは想像していた。

彼も私も特別親しい友人が多い訳でもなかったのと、派手好きでもなく、妊娠中ということもあり、近くの教会で静かに挙げることにした。

博士から何度も電話がきて、どうしてもドレスを買わせてくれと懇願されたが、丁重にお断りをした。
こっちでは親しい友人がドレスまで買ってくれるものなのだろうか?

ウェディングドレスは貸し衣装で選んだ。妊婦でも着られるものがあって良かった。

なんだか本当に結婚するんだなぁと実感した。

結婚式の日は良く晴れていた。
二人で普通に朝御飯を食べて、貸衣装屋さんへ車で行った。
ウェディングドレスを身に纏う。
彼はタキシードを着こなす。

タキシード姿の彼はかっこ良かった。
やっぱり日本人とは違う。似合いすぎる。

彼は私を見るなり「今日という日を神に感謝しよう。君は誰よりも美しい」と真面目な顔で言って、あの日告白してくれた時のように桔梗のブーケを私に渡してくれた。

映画みたい。
やっぱり日本人とは違う。

外に出ると大きなリムジンが待ち構えていた。

「これは博士からのプレゼントなんだ」
と彼は言った。
いらない。家に置けない。と真顔で言ったら、彼は笑って「レンタルだよ」と教えてくれた。
教会へ着くと、博士と彼のお母さんがいた。

博士が車椅子で彼のお母さんを連れてきてくれていた。

二人とも素敵なドレスとタキシード姿だった。

お義母さんは虚ろな目線は変わらなかったけれども、お化粧のせいか前よりも輝いて見えた。

博士はとびきりの笑顔で、私と彼を教会に招き入れた。

4人で教会に入ると、そこは厳かで、凛とした空気が満ち溢れていた。

ステンドグラスからは木漏れ日が煌めいて、天使たちも祝福してくれているように見えた。

先に博士とお義母さんが席につく。

そして音楽が鳴り始めた。

私達はゆっくりと神父の元へ向かった。

一歩一歩。

彼との人生の最初の歩みを噛み締めるように。

あぁお父さんにも見てもらいたかったなぁ。

そう思った。

神父の前にゆっくりと赴いた後、音楽が鳴りを潜め、そして厳粛な空気が周りを包み込んだ。

有難いお話が綴られる中、今までの人生が連々と頭に浮かんでは消えていった。
「キキョウ・ハナイ
貴女はキキョウ・ハルトスとなり、

ラブイズ・ハルトスと共に

病める時も、健やかなる時も

貧しい時も、富める時も

汝これを
守り
慈しみ
愛し続ける事を誓いますか?
「はい誓います」
…彼と一緒に
彼と共に
これからの人生を歩んでいこう。
そう、心に誓った。

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