第117話 《キキョウ》32

彼も葛藤している。

あの頃の私のように。

彼は傷付いている。

あの頃の私のように。
あれから私は自分を責め続けて生きてきた。

彼を追い込んでしまったのは自分だと、彼からの理不尽とも思える要求を出来る限り尽くしてきた。

だけどこれからはもっと皆と幸せに生きることを大切にしていきたい。

心が強いとか弱いとかじゃなくて
人間自体が一人では生きていけないのだと思う。

世の中と同じように
支え合って生きていくんだ。

彼と…
彼とアイハと一緒に。
隣で眠る彼を見つめながらそう思った。
「ん…」

彼が目を覚ますともう12時近くなっていた。

「…ごめんよキキョウ…」

「いいのよ。もうお昼だけど何か食べる?」

「いや…帰るよ…」

「そう…
わかった。じゃあおにぎり握ってあげる。持って帰ってちょうだい!」

「あぁ…米はGI値が低いから丁度いいな…これからトレーニングなんだ…」

「よし待ってて!」
冷凍ごはんで申し訳ないけどレンジでチンして大きなおにぎりを一つ。中身はおかか。
おにぎりは彼のお気に入りの一つだ。

なんでもエネルギー効率がいいらしい。私には腹持ちがいいことしかわからない。
「はいどうぞ!」
「ありがとうキキョウ」

「時計のこと、忘れないでね」

「あぁ…わかったよ…」

「いつ機械に入るの?」

「検査の結果次第では来週にでも入るよ。決まったら連絡する」

「ん…わかった」

「じゃあ…行くよ」

「うん…
…ラブイズあのね…」

「ん…なんだい?」

「待ってるから」

「うん」

「帰って…来てね」

「うん、わかったよ」

「約束だよ…」

「…わかったよ」
そう言って彼は玄関の扉を開いた。
本当は…
昨日今日みたいな毎日でも私は良かった。

彼が不安定になったってそれなりにやっていけると思える。

だけど…

自殺だけは止められない。

それだけは彼自身が乗り越えなくてはならない。

波はあると思う。

例え機械から生還したとしても自傷行為は変わらないかも知れない。
というか変わらないと私は思う。

だけど
彼が自分で決めた道を進むことに意味があるんだと思う。

どんな結果であれ、彼の人生の尊重をしていこう。

それが前向きな方向ならば。
見送る彼の後ろ姿を何度も抱き締めたい衝動にかられた。
例えば私がわがままを言って彼を引き止めてもいいかも知れない。
彼も考え直してくれるかも知れない。
だけど、
しない。
しないんだ。

私はそう決めたから。
何が正しいかなんてわからないけれども、
自分で決めた人生を
悔いなく生きよう。
私がそう決めたから。

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