第147話 《キキョウ》33

毎晩必ずアイハからのメールが届く。

あれからもう半年が経った。

たくさんの話し合いの末、アイハは日本のインターナショナルスクールに通うことになった。

彼は昼間、父の仕事の下に付き、大工見習いとなり、夜は日本語学校に通っている。

私は…
私はここに残っている。

彼とアイハとここで暮らす決意は出来ていた。

ただ、彼とアイハと父と日本で暮らす覚悟は出来ていなかった。

それは彼がまた不安定になった時に家族でここへ戻るよりは、まずは彼のやりたい生活をさせてみてそれから判断してみたらどうだろうという、博士からの提案を私が受け入れた形にはなっているけれども、本当は違う。

私は父にトラウマを抱えているのだ。

私は父が発達障害か軽度の知的障害者だと思っている。

父は子育てが出来なかった。
今で言う“ネグレスト”いわゆる育児放棄をしていた。

父はいつも多くを喋らなかった。

父はいつも仕事で居なかった。

私は、今でこそそうは思わないけれど、日本を出るまで一人で生きてきたと思っていた。

私が生まれてすぐに母が亡くなってから、
父の背中に背負われ、
父の職場の事務所に預けられ育てられたそうだ。

物心がついた時には雑然とした現場の簡易事務所の回りで遊んで過ごしていた。

小学校へ入ると、私は周りの子達が普通だと思うことを知らないことだらけだということに気が付いた。

いつも同じ服ばかり着ていた私は、クラスの子からも距離を置かれていた。

自分が汚いなんてわからなかった。

髪をとくことも知らず、いつもボサボサで、そのうちストレスの影響かあちこちに円形脱毛が出来ていった。

段々と身体が痒くなっていき、いつもどこかを掻いていた。

そのせいで、顔や頭や身体の皮膚を掻き壊してしまい、火傷の跡のような顔や身体をしていた。

私はいつもいつも痒かった。

いつもいつも頭の中にまで虫が這いずり回るように痒くて、耐えられない日々を過ごした。

父には病院へ連れていってはもらえず、いつも市販の塗り薬を塗られていた。

それがとてもベタベタする薬で、服や髪にも張り付いてきて余計私を不快にさせた。

代わる代わる来る父の知人らしき人達が衣服の用意をしてくれたり、髪を切ってくれたり、また父に私についてのことを意見したりしてくれていたが、誰の話も父は聞いていない様子だった。

父は贖罪のように毎日私の好きなお菓子を買ってきた。

父が買ってくるお菓子に最初は喜んで食べていたが、次第に胃もたれから胃痛に変わり、私を苦しめていった。

そのうちに父からのゆっくりと毒の投与かと思うようになった。

私は父の手前、仕方なくそれを食べ続けていた。
そして自分はいらない子なんだと思っていた。

お母さんがいなかった私は学校が大嫌いだった。
授業参観も
運動会も
懇談会も
学芸会も
父は来なかった。

何度も父に不満をぶつけて叫んだ。
その度に父は岩のようにただじっと黙っていた。

それが余計私の苛立ちを募らせた。

毎日イライラしていた私には友達がいなかった。

教師はいつも連絡が取れず、不都合が多い私を次第に疎ましく接するようになった。

初潮が来た時も、私は他の子よりも早かったので、学校での授業はまだ無く、泣きながら保健室に行った。

保健室の先生は汚いものでも触るように私を扱った。

私は汚かった。

父を恨み
母を恨んだ。
そしてこの人生を恨んだ。

赤黒い炎が心の中をいつもチリチリと焼いていた。

何度も何度も児童相談所と思われる人が家に来ていたが、その度に父は時には暴力を用い追い返していた。

寡黙で暴力的な父は、私にとって唯一の肉親であり、世界の全てだった。

そしてそれは絶望と沈黙の世界だった。

何度か自殺を企てたことがあった。

心の中の赤黒い炎が身を焼け尽くす前に自らの身を焼こうとライターの火で指を炙った。

熱さは私の皮膚で敏感に察知しすぐにライターから手を離したが、ヒリヒリと軽い火傷の痕が私の心と同じ感じがして癒されていた。

私は心と身体がバラバラでは無く、1つの器に在ることを知った。

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