第148話 《キキョウ》34

痛みが痒みを越えて感じることを知るようになると、私は自らの身体を傷付けるようになっていった。

それほど私は痒みに縛られていた。

毎日毎日
シニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイ
と心で呟いていた。

中学生になると学校には行かなくなった。

父とはますます口を利かなくなり、その代わり毎日テーブルに1000円札が置いてあるようになった。

私は毎日街中に繰り出した。

朝学校へ行くふりをして、札幌の中心部にある大通公園に向かった。

たくさんの人がいても、誰も私に気に留める人はいなく、
ただ流れ行く人々を
ただぼんやり眺めて過ごした。

何度か警察や民生委員の人に補導されたが、一度も父が迎えに来ることは無かった。

何度かの補導を繰り返すうちに、一人の民生委員が私に付いたんだと思う。

初老のでっぷりとしたその女性の民生委員はヤスダタミコと名乗り、毎日私の隣に来ていろんな話をしていった。

話が途切れても、ただ私の隣に居てくれた。

私は気にも留めずにただただ雑踏を眺めていた。

毎日二人で行き交う人々をただ眺め続けた。

時折お弁当を持参してくれて、二人でそれを食べたりもしたが、私から声を発することは無かった。

ヤスダタミコは粘り強く何度も何度も私に話し掛けた。

そして私はそれを気に留めずにただぼんやりと聞き流した。

そのうち彼女が隣にいる生活が当たり前になっていった。

ある日彼女は私の髪をとくといって櫛を持ってきた。
いつものようにその言葉の意味も考えずぼんやりしているとふいに頭に痛みが走った。

私の髪には掻き壊した頭皮が張り付き、髪をとかすとそれが引っ掛かって不快な刺激を与えていた。

「ィヤめてッ!」
ヤスダタミコの手を払いのけて私は頭をボリボリ掻きながら彼女を睨んだ。

「ごめんなさい」と彼女は一瞬怯えたように、そしてすぐに柔和な笑顔で微笑みながら、「やっとこっち向いてくれた」と笑った。

この人もそうだ。

私を見て笑うのだ。
そして私に陰湿な攻撃をする。

今までも何度もあった。

優しいふりをして近付いてくるくせに陰では私の悪口を言う。

そしてその原因は決まって父なのだ。

『可哀想な子』という烙印を押し、自分の優しさをアピールしたいだけなのだ。

私は空気になりたい。

クラスでも『居ない子』として扱われてきた私は空気になりたかった。

そしていつか見えなくても存在が許されるようになりたいと思っていた。

例えばその存在が見えるようになるんじゃないかと
それが感じるようになるんじゃないかと

毎日毎日街を眺めているうちにそう考えるようになった。

ただ

私の頭の中ではもうひとつ、いつも茫然と“シニタイ”が溢れていた。

そして
私の目に写る灰色の雑踏は変わることは無かった。

ヤスダタミコは諦めなかった。

いつも私の隣に来た。

時に私の手を擦り、
時にふいに私を抱き締めてきた。

その度に私はそれを振りほどいた。

このお節介な偽善者を次第に疎ましく思うようになったと同時に彼女は姿を見せなくなった。

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