第154話 《キキョウ》40

フリースクールに入るにあたって、一番の難関は父だと思われた。

未成年である私には、父の承諾が必要であると言われていた。

何て父に言おうかと何日も考えた。

誰かに付いてきてもらおうか。
手紙を書こうか。
いや、誰かに書いてもらおうか。

フリースクールの案内書がしわくちゃになった末に、やっぱり直接話をすることにした。

父はいつも通り黙って話を聞いていたが、何も言わず案内書にサインと判子を押して私にくれた。

何日も悩んだことが馬鹿らしくなったのを覚えいる。
そして、やっぱり父は私なんかには興味が無いのだと思った。

———————-

結果から考えると、フリースクールに行ってから私の生活は激変した。

まず、幼い私は可愛がられた。

職員は皆優しかった。

そして、同じような子ばかりかと思っていたのが、案外お年寄りが多かったことだ。

“フリースクール”の名が示す通り、年代もてんでバラバラの人達が自由に何かを学んでいた。

どこかの先生である人が、時には誰かから何かを学んでいる姿を見ることは日常のことだった。

私はまず、小学校の勉強からやり直すことにした。

ワンツーマンで教えてくれる優しいおじいちゃん先生がいたことも大きかった。

そのおじいちゃん先生は父と同じタケシという名前だったけれど、父とはまるで正反対の人だった。

とにかく良く喋る喋る喋る。

そして教え方は上手かった。

私は黙っている方が楽だったので、相性が良かった。

先生は定年後、奥さんを早くに亡くし、やることが無くてここに来るようになったらしい。

いつも私を励ましながら、「私の一番の生徒だ」と皆に吹聴してくれたおかげで、私はあそこに居ることが出来た。

学ぶ喜びを知った私は、たくさんのことを学習していき、中学2年生の終わりには義務教育過程の勉強は終わっていた。

そこでおじいちゃん先生は私に一つの提案をしてきた。

「私立の中学に編入しないか?」

私は悩んだ。

学校に行くことによってまたいじめられないかという不安はもとより、父が学校生活において手助けしてくれるはずがないこと。そしてそれが原因であの痒みが現れるのではないかという恐怖だった。

しばらく話をはぐらかしていたけれども、熱心に勧めてくるおじいちゃん先生に次第に心が動かされていった。

私は福祉について興味を持っていた。

私と同じような子達に
私と同じような道があることを知ってもらいたいという、ぼんやりとした進路を思い描くようになっていた。

その為に色々な道があることを私はフリースクールで知った。

その中でもやはりおじいちゃん先生の言う私立中学から高校、大学へ進む道が一番無難に思えた。

進路を模索している中で、一度おじいちゃん先生の知り合いのいる私立中学に見学しに行く機会が設けられた。

そこはおじいちゃん先生の友達が理事長をしている中学で、私は簡単な編入試験を若干騙された形で受けさせられた。

結果は合格。

ワンツーマンで細かいわからないところも掬い上げるように教えてくれるおじいちゃん先生の授業のおかげか、私の学力はかなり高いところにあったようだ。

おじいちゃん先生は満足そうに、そして寂しそうに私に言った。

「もう僕からは卒業の時期だ」

もう、おじいちゃん先生が教えられることは無くなったからだと言われた。

そこの私立中学では3年生は受験用の勉強しかしなくていいようで、そこで高校受験用の勉強をして、やりたいことを為しなさいと言われた。

そして「困ったことがあったらいつでもおいで」と言ってくれた。

とても優しい目をしてくれて言ってくれたことを覚えている。

特に学ぶことも無くなった私はただ高校受験用の問題集を片っ端から解いていった。

ただ闇雲に
ただ闇雲に。

そしてそれらの時間が不毛に思えるまではさほど時間は掛からなかった。

“卒業”

私はここから卒業しなければならなくなった。

ただぼんやりそのことを考える日々が続いた。

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