第156話 《キキョウ》42

私を助けてくれた二人はそうやって居なくなった。

人生の転機を与えてくれた安田さん。
人生の方向性を導いてくれたおじいちゃん先生。

私は次に何をすべきなのかを見失った。
そしてそこに人生の意味を見出だす程大人では無かった。

私はこの思春期を経て、泣き、笑い、喜び、楽しみ、悲しむという普通の子が幼い頃に育む感情を取り戻していた。

ただ、父に対して期待することは皆無だった。

父はアイハに「家を守っているだけだ」と言った。
それは確かに私への愛情に感じ、私の心は感動した。

けれど父にそれ以上は無かった。

おおよそ他の家庭で育まれるであろういわゆる普通の愛情というものを私は受けてこなかった。

だからといって私の父にそれを望まなかった。

無駄だということがわかっていたから。

諦めにも似た感情と
私の動き出していた感情がせめぎ合い、父といる時間が苦痛に感じるようになっていた。

心がざわざわといつも落ち着かなくなり、体重は減り、そして月経の周期が乱れるようになると、また私はイライラに悩まされるようになった。

そしてそれは静かに私の皮膚を蝕んでいき、少しずつ恐怖が姿を表していった。

そんな時、私の書いた論文が評価を受け、外国の大学へ留学の話がきた。

それで私は父と日本から逃げるように留学を決めた。

日本から発つ日、いつも通り朝ごはんを作り、父と食事をした。

「じゃあ…行ってきます」

「おう
…これ持ってけ」

その封筒はただ無造作に渡された。

そして
それだけだった。

見送りもなく、いつも通り父は仕事に出掛けた。

私は生まれ育ったアパートで過ごした無関心の苦痛であった19年と、静かに決別をし、日本を後にした。

空港へ行く途中、電車の中で渡された封筒を開けた。

中には何枚かの一万円札があり、それと一緒に手紙が入っていた。

それは産まれたばかりの私に宛てた母からの手紙だった。

『桔梗へ

はじめましてやっと会えたね。
産まれたばかりのあなたは、勢いよく泣いて、元気な声を聞かせてくれたね。
これからのあなたの人生をお母さんは楽しみにしています。
お母さんは身体が弱かったから、あなたには強く育って欲しい。
強いばかりじゃいじめっ子になっても困るから、優しさも学んで欲しいな。
欲しい欲しいばかりじゃあなたも困ってしまうよね。
桔梗、あなたの名前は私が考えたの。
桔梗には花言葉があってね。
“永遠の愛”
そういう意味があるんだ。
今はキラキラネームっていうのかな?
そういう訳ではないけど、きちんと意味があって付けたんだよ。
桔梗、
あなたはこれからの人生をどう生きていくのだろうかな。
お母さんは永遠にあなたを愛しています。
産まれてきてくれてありがとう。
お母さんより』

記憶にも無い母からの温もりがそこにあった。

そして何となく、父からの愛情も感じていた。

父は何を思い、この19年を育ててくれたのだろうか…

…向こうに着いたら父に手紙を書こう。

そう思い、私は旅立った。

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