第161話 《サイトウ》2

マリーを守ることが私の全てだった。

私は腕っぷしも強かったが、それはあくまでも子供の力の話だとでいち早く気付いていた。

それで私はマリーを守る為に周囲をまとめることに力を費やした。

スラムにはいくつかのギャングやマフィアがまるで闇の雲のようにたゆたって存在していた。

明確な区切りを持つファミリーはあったが、スラムそのものに独特の世界があった。

犯罪が横行する雑然とした空気を例えるとすれば、昨日笑顔で挨拶してくれた大人が次の瞬間沸騰した怒りで銃を容赦なく人に向けることがよくある日常だと言えば伝わるだろうか。

ある時一人の大人が私に近付いてきた。

「妹を守りたいかい?」

そう言って近付いてくる男に私は視線を外さなかった。

その男の動き、息遣い、表情、衣服などから全体的な戦闘力や真意を量り知る為に全ての集中力をその男に敵意と共に向けていた。

突然、その男は笑顔でシャツを脱ぎ捨て私を抱き締めてきた。

びっくりした私はもがき、その男から逃げ出した。
「信頼のハグだ」

男は笑ってそう言った。
そして、そうやって私のグループに入ってきた。

その男は狡猾であざとく、そして私よりも老獪だった。

私からの敵意を無くすために、男は私の周りから懐柔していった。

ある者には金で
ある者には地位で
ある者には信頼で
ある者には女で

最初はマリーを守る為にと皆に近付き、その内男はただの小さなギャング達を一端の犯罪者集団としてまとめあげた。

表面上はマリーと私を守るために。

私よりも大きな力を使って。

今思えば需要と供給の仕組みを男は作りたかったのだろう。

ファミリーの下部組織を作り、犯罪を起こさせ、治安を守る名目で地域から金を巻き上げる。

表面上は対立している組織が、裏では手を組んでいる大人などたくさん見てきた。

それをその男は大きな力でしているだけだった。

ある日私はマリーの姿が見えず、男のアパートを尋ねた。

そこには見覚えのある娘が裸でベッドに横たわっていた。

マリーだ。

私はマリーが凌辱されたのだと思い叫んだ。

マリーは眠い目をこすりながらこう言った。

「あたし、この人の女になったの」

男は「そういう事だ」というと素っ気なく扉を閉めた。

その時に私は知ったんだ。
“マリーが好きだった”

自分の宝物がぐちゃぐちゃにされたようで気が狂わんばかりだった。

しかしそれも“マリーを守る”為には仕方ないことだと、
“マリーは妹なんだ”と、
“力ある大人に守ってもらった方が安全”だと、
自分の気持ちを押し込めて日々を過ごした。

まるで王女に仕える騎士のように、私はマリーの為に男の言うことに従った。

今思えばそれが男の狙いだった。

ただ唯一救われたのは、男はマリーを今まで通り大切に扱ったことだった。

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