第171話 《アイハ》21

行きの電車の途中、パパとお話した。

「パパ」

「ん?」

「ブシおじいちゃんの気持ち、わかった?」

「うん…少しね」

「どんなカンジ?」

「う~ん…そうだなぁ…一言で言えば“生きざま”かなぁ」

「生きざま?」

「そう、“生きざま”。
生きていく方向性とでもいうのかな?

おじいちゃんは確かに淋しかったかも知れない。
だけど、それよりもおじいちゃんはああいう生き方を選んだんだと思うんだ」

「あ~そうかも知れないね」

「思考の方向性が人生を決めるとした時、おじいちゃんは昔そういう生き方をするって決めたのかも知れない。
逆にそういう生き方しか選択肢が無かったのかも知れない…

だけどパパ、おじいちゃんと一緒に働く中で、すごくおじいちゃんが周りに信頼されていることを知ったんだ。

みんな言うんだ。
“葉内の棟梁に任せておけば狂いは無い”って。
パパもやってみてすごくおじいちゃんに怒られたんだけど、ミリ単位で木材をカットしていくのに、少しでもズレていると全部やり直すんだ。

無口なおじいちゃんだけど、お酒が入ると仕事の話は少し話してくれた。
“何十年も人様が使う住まいだ、だから一切の妥協は許さん”ってね。

あのアパートね、ブシおじいちゃんが初めて棟梁で建てたアパートなんだって。
自分の建てたところがみんなの生活の基盤になっていることに、誇りと責任感を感じたよ。
だからおじいちゃんが言っていた“守っている”というのは、ママが帰って来ることという意味もあると思うけど、自分が建てた家やアパート、マンション、そしてそこに住む人達のことだと、パパは思うんだ」

「…そうかぁ…」

「うん、それがきっとおじいちゃんの生きざまであり、生きる方向性に繋がっているんだと思う。そして、だからパパはそれからおじいちゃんと向こうで暮らそうってあまり言わなくなったんだ」

「なるほどなぁ…」

「アイハはどう思う?」

「う~ん…
私はやっぱりみんなで暮らしたいカナ…
そうは言っても家庭があっての仕事でしょう?
パパが居なかった時、小さい頃は入院するからしばらく会えないんだよって聞いて、淋しかったもん。
それがパパの為でも、私は淋しかったから…
…うまく言えないケド、近くの人に淋しい想いをさせたらダメだと思う」

「そうか。
そうだね。アイハの言う通りだとパパも思う。
ごめんな、淋しい想いをさせて…」

「いや!今はパパもいるし寂しくないんだよ!ただその時は…ね…」

「ママもそうだと思ったんだろう?」

「うん…なんだかね…メールがおかしいカンジがしたんだ…
聞こえてこないママの悲鳴が聞こえた気がした…

あ!ママに連絡しなきゃ!」

「うん、頼むよ。

…なぁアイハ」

「なぁにパパ?」

「パパのせいでたくさんごめんな」

「え!あぁ!いいんだよ!パパ今一緒に居るし!」

「ごめんなアイハ…」

パパが涙ぐんでいた。
私もなんだか涙が出てきた。

たくさんの思いや想いが人にはあるんだと思った。

私は…
私はどうやって生きていこう。

何かを守ると生きた時、私には家族しか考えられない。

けれどそればかりが人生じゃないというのもわかる。

人は何の為に生まれて、
何の為に生きているんだろう。

たくさんの人が電車には乗っていて、あの人にもあの人にも一人一人の思いと人生がある。

たくさんの人が生きる世の中でみんな何の為に生きているんだろうか…

私はただ笑って生きている。
ただ毎日が新鮮で、そんなことを考えたことなんて無かった。

“生きる”ってなんだろう…

そう思いながらママにメールを送った。

『to ママ』
『今日帰るからね~!
遅くなるかも知れないケド宜しくね!
ママのグラタン食べたいよ!』

うん。
こんなカンジで。

…ふと、私は気付いた。

メールは文章を考えて送る。

そこに全ての本音と感情は伝わりにくい。

ふとしたメールが誰かを傷付けた経験があった。
そして誰かに傷付けられた経験もあった。

だから文字を入れる時に自然と気を遣うようになった。

それは全て本心だっただろうか?

違う。
相手を気遣うことも多かった。

今もそうだ。
ママの様子がわからないから、当たり障りのない言葉を探していた。

いつかママが言っていた。
『メールで伝わる気持ちは半分の半分』だって。

私にはママの気持ちの4分の1しか伝わっていなかったとしたら…

………

……………

…………………

「…パパ、最速でママのところへ」

「わかった。“最速でママのところへ”だね」

「そう」

「OK。何かあったのかい?」

「わからない…わからないから、そんな気がする」

「ふぅむ…」

それからお互い簡単な会話以外は黙ったままだった。

日本を発つ時も
飛行機の中でも。

そして私達は戻ってきた。

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