第172話 《アイハ》22

着いたときは夕方に差し掛かっていた。

時差があるから飛行機に乗った時刻と同じくらいの時間だ。

気だるい身体を引き起こし家に向かう。

ママからの連絡は無かった。

それが余計足を早ませた。

ママ…
ママ…!

タクシーに乗りながらずっと祈り続けた。

急激にママに会いたくなっていた。

日本にいた時はパパのそばにいなきゃと、
パパのお世話をしなきゃと、
それがあれば自分が日本に居ることが出来て、新しい刺激的な外国での生活が出来る。
そう考えていた。

パパの為といいながら、自分の為にそこにいた。

そうやってママをないがしろにしていた。

ママが本当は何を考えていたのか。

考えてもいなかった。

本当は何もないのかも知れない。

家に帰るといつも通りのママがグラタンを用意しているのかも知れないー

隣ではパパが私の手をずっと握ってくれていた。
———————–
家の前に着くと、もう陽が暮れているにも関わらず中に灯りの様子は無かった。

タクシーを飛び出し、一目散にドアへ手を掛ける。

ガチィン!

鍵が架かっている。
急いでタクシーまで戻り、荷物を漁り鍵を取り出す。

あった!

鍵を持って玄関に走り、開ける。

ガチャリ…
そっと扉を開けると、ぷぅんと異臭が鼻についてきた。

「…ママ?」

恐る恐るリビングの戸を開けると、中は至るところに乱雑に放られたゴミ袋があり、空のペットボトルやお酒の瓶が散乱していた。

「あ、あれー?ママー?どこー?」

ゴミ屋敷さながらのリビングを抜けてキッチンに向かう。

いない。

「ママー!」

今来た道を戻り、お風呂場、寝室に向かう。

「ママー?」

返事は無かった。自宅とは思えない空虚さだけが漂っていた。

「…居ないか…」

「パパ!ママが!」

「うん。パパもこうなった事あるからわかるよ。確かにママはアイハが言った通り不安定になったようだ」

「パパ…!パパ…!」

振り向いてパパの姿を見たら、急に足がガクガクと震え出し、立っていられないくなった。
身体中から力が抜ける。

「アイハ、大丈夫だ。とりあえずは座りなさい」
パパに手を引かれ、ベッドにへたり込む。
震えが止まらない。

「ママは…?ママは…?」

視点が定まらずに目が泳いでいるのがわかる。
わなわなと怯えにも似た震えが全身に拡がる。

「大丈夫だよアイハ。大丈夫」

パパが肩を抱いて、ぐっと力強く支えてくれた。

「ママ…ママ…!」

「大丈夫アイハ。大丈夫だ」

プルルルルルル…
プルルルルルル…

その時リビングの電話が鳴った。

「アイハ、ちょっと待っていてくれるかい?ちょっとだから。いいね、そこにいるんだよ」

そう言いながらパパはリビングに向かい電話を取った。

ここからでは何を話しているのか聞こえない。

ママの匂いのするタオルケットを身体に巻き付けてリビングに行くと、顔面蒼白のパパがそっと受話器を置いた。

「…パパ…?」

「…キキョウが…マシンに入った…」

パパは宙を見ながらこちらを振り向かずにそう言った。

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