第176話 《アイハ》26

「OKが取れた。これから行こう」

おじいちゃんは帰ってくるなりそう言った。

「…どこに行くと言うんだ?向こうが来るのが礼儀じゃないのかッ!?」

「すまないラブイズ…落ち着いて聞いてほしい。
向こうはなかなか忙しくてね…私でも容易に会うことは難しいんだ…

…私の車で行こう。丁度一時間程のところにある邸宅だ。道すがら、これから会う彼の話をするよ。
ラブイズ、君にも浅からぬ関係だからね…」

そう言うとおじいちゃんは車のキーを机の引き出しから取り出した。

釈然としない表情でパパはおじいちゃんを見詰めていた。

「さぁラブイズ…アイハ…行こう」

私達は飲み掛けのコーヒーをそのままに部屋を後にした。

———————–

「さて…どこから話そうか…」
とおじいちゃんは話し出した。

おじいちゃんがスラムで生きてきたこと
おばあちゃんとの出会い
おばあちゃんの悲しい環境
おじいちゃんとその人との出会い
そしておばあちゃんを守る為に生きてきたその道程
その中でその人の力を借りてパパとおばあちゃんを助けてきたこと
おばあちゃんの笑顔だけがおじいちゃんの生き甲斐であったこと…

そしておじいちゃんはその全てを仕組んだことだと、パパに申し訳なさそうに話していた。

パパは助手席で腕を組み、難しい顔をしながら憮然と黙っておじいちゃんの話を聞いていた。

私は…
私はそれでもおじいちゃんからパパに対する愛情を感じた。

確かにそれはおじいちゃんの歪んだ愛情から発祥したものかも知れない。

けどそれは、おじいちゃんはおばあちゃんの為にずっと頑張ってきたってことでしょう?

それは、おじいちゃんの気持ちの発生は、おばあちゃんの為でしょう?

自分のことじゃなくて、人の為なんでしょう?

「思考の方向性…」
パパが口を開いた。

「そうだ…“思考の方向性”だよラブイズ…」

「何パパ?どういうこと?」

「うん…おじいちゃんが人の為を思う気持ちは素晴らしい。素晴らしいことなんだ。
それはパパとおじいちゃんがずっと研究してきたことでもある。

ただ…奇妙なものだね。
その道の権威と言われ、その方向性を誰よりも研究してきたおじいちゃんはその道を誤ったんだ」

パパはおじいちゃんがそこにいないかのように話をした。

「誤った?」

「我ながらまるで喜劇だと思うよラブイズ。
私自身、正しい思考の方向性を探し求めたのはその実、私自身の為だったのかも知れないね…」

「…パパどういうこと?」

「おじいちゃんはね、生きる方向性を間違えたんだ。

本来意思の疎通は双方向であらねばならないだろう?

お互いにお互いの気持ちがあり、そこをコミュニケートしながら一つの気持ちを作っていくのが理想とされる。

だからコミュニケーションがうまくとれない人は社会の枠でうまく生きることが難しい。

自分のエゴを抑えることが出来ずに周りに迷惑を掛けてしまうか、もしくは何も伝えることが出来ずに意志疎通が出来ない状態になる。

おじいちゃんは前者だ。
おばあちゃんや私の意思に関係なく、自分の意思だけ、つまりエゴで周りをうまく操作し環境を作り上げてしまう。

そうした人々を我々は“偽善者”というカテゴリに区分けしていた。

人の為と考えている振りや、もしくは本人も気付かないまま、そのような環境を作り上げてしまうんだ。

その後者の場合、本人は気付かないままだからタチが悪い。

それが幸せになる方法だと信じて疑わないからね。

おじいちゃんはどちらなのかはわからない。

ただ、思考の方向性が“偽善者”であることには変わらない」

「…その通りだラブイズ…
私は“偽善者”だ。

すまない…すまなかった…」

「パパ…パパも思うところがあるかも知れない。
だけどおじいちゃんを許してあげて。

さっき言ったでしょう、“許す”って。

おじいちゃん、もう気にするのは止めよう。

私はパパやおじいちゃんの言う“偽善者”っていうのがよくわからないケド、ようはおばあちゃんの為に頑張ってきたんでしょう?

じゃあ良いと思うよ。

“やらない善よりやる偽善”って言うじゃない。

私は今、ママのことが心配。

そしてママに逢いたい。

それは“善”とか“偽善”とかそんなんじゃない。

それともパパ、私も偽善者なの?

私はそんなことどうでもいい。

だからおじいちゃん、パパ、みんなでママを助けよう。

私、“偽善者”でもいい。

だから、ママを…

私…ママに逢いたい…」

「アイハ…」

「アイハ…そうだな…ありがとう。
ラブイズ…今はキキョウのことだけを考えよう」

「…父さん…
私にはキキョウも、アイハも大切なんだ。

…ジニアスは…彼は何者なんだ…?」

「…ジニアスか。
彼は我が大学の優秀な生徒であり、これから会いに行く人のお孫さんだよ。

私があるファミリーに属しているのはさっき話したが、そこは“華僑”と呼ばれている。
“華僑”とは中華系の流れを組む相互扶助の組織なんだ。その規模は世界中に及ぶんでいる。

私はそのファミリーの中で、ファミリーの為に働いているんだ。

私の研究はもちろん、地位や権力、お金もその全てはファミリーに流れ、その恩恵をファミリーから得ている。

ラブイズ…君に例えるとしたら、君の幼い頃からの生活費、生活環境、教育費、大人になってからの君への給料、研究費、マシンの構築費、また君を探したり、君の進路の際など、人の力が必要な時は即座に力を貸してくれたりする。そういう恩恵を授けてくれた。

世の中にはそういう大きな力がある。

私のもう一人の親友…
“ケン”はそのファミリーの総帥だ。
私は親愛を込めて“師兄”と呼んでいる。

…ただ…ジニアスに関しては、本当に偶然だと思うんだ…

彼が日本に行くのは君が行くしばらく前から決まっていたし、そもそもジニアスはファミリー自体を知らない可能性が高い。
表向きはただの資産家だからね。

だから…君が心配するようなことは無いと思うんだが…」

「…私が父さんの所業を知らなかったように、父さんがファミリーの仕業を知らない可能性がある。

私はもう、私の知らないところで家族が傷付けられる隙を一つでも妥協しない。

とにかく、その人の話を聞くことにしよう」

「…そうか…
だかラブイズ…これだけは覚えておいてくれ。
我々の最大のスポンサーが彼だ。
つまり、君が新しいマシンを作るなら、彼の協力なしには語れない。

マシンを作るだけじゃない。

研究に携わることや、大学に所属すること、大きくいえば、この街に住むことすら彼の影響下に置かれることになる。

ラブイズ…言うなれば彼は君のもう一人の父親とも言える存在だ。

文字通り君の全ての生活は彼の恩恵によるものだ。

キキョウを救いたいならそれを忘れないでくれ」

「……わかった…」

それきりパパは黙ってしまった。

そしてややしばらく走ると大きな門が見えてきた。

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