第178話 《アイハ》28

地下駐車場からエレベーターに乗り3階へ入る。

緊張しながら立派な調度品が並ぶ廊下を進むとドアの前に一人の執事が立っていた。

「ようこそいらっしゃいましたサイトウ老師。こちらへどうぞ…」

いよいよか…
一体どんな人なんだろう…

パパは緊張し過ぎて顔が真っ青になっているケド、目はキリッと口はギュッと結んでいた。

ガチャリ…

ドアを開けると、中はチャイニーズレストランのように真っ赤な丸テーブルがあり、壁には竜や鳥の掛軸が飾られていた。隣にはチャイナドレスのお姉さんが佇んでいる。

そしてテーブルの真ん中には…

…諸葛亮孔明が居た。

私は日本も好きだけど、東洋というくくりで中国も好きだ。
中でも“三國志”は“レッドクリフ”という昔の映画を見てからハマっていて、日本では“横山三國志”にハマった。

なんだか頭に紐で止める小さな黒い帽子を被り、鼻下とアゴにヒゲを蓄え、昔の仙人のような着物になんだかふわふわの羽がついた扇を持っている。

…出オチならぬ、“待ちオチ”のギャグなのか…!?

…い、いや、きっとあれは正装なんだ…
笑ってはいけない…
笑ってはいけない…

私はきっと顔が真っ赤になっていただろう。

孔明は…
孔明の待ちオチはズルイ。

でもパパとおじいちゃんは神妙な顔をしている…

笑ってはいけない…
笑ってはいけない…

ケンおじいちゃんと思わしき人は立ち上がり、ふわふわの扇を閉じて粛々と頭を下げた。

「ようこそおいでなさいました。さぁこちらへお掛けください…」

静かで落ち着きがあり、しかしハリのある若々しいシブい声は優雅に私達を席へと促し、私はすっかり心を奪われていた。
孔明スタイルの時から。

「ケン師兄…この度は急なお時間頂きまして誠にありがとうございます。
こちらが先程お話したラブイズとアイハです。
ラブイズ…アイハ…ご挨拶なさい」

「ご紹介預かりましたラブイズ・ハルトスです…宜しくお願い致します」

…パパ、ジャパニーズオジギスタイルだ…ビシッと背筋を真っ直ぐに頭を下げる仕草に好感が持てる。
…真似しよう。

一歩前に出て、まじまじと見ると、日本の俳優の真田〇之を渋く年を取らせた感じだろうか…

!!

ヒゲ…!
ヒゲが…
両面テープで止めてあるッ!!

もうダメだ!!

「ぶわフォッ!!
ヒ…ヒゲッ…!!こ…孔…明…ッ!!」

やってしまった。
でも箸が転がっても笑える女子高生。もう止まらない。

「あははははは!あははははは!」

腹を抱えて笑って転げる。

チラリと横目で隣を見ると、おじいちゃんとパパが顔面蒼白になっている。

奥ではチャイナドレスのお姉さんが驚きを隠せない様子で口に手を当てていた。

「あはははははっ!あはははははっ!」

止まらない!止めようとしても止まらない!
極度の緊張のせいか、さらに笑いが止まらなくなってしまった!

目の前には孔明スタイル。
周りには真っ青になった大人3人。
爆笑する女子高生。

なかなかのカオスだ。

その内ケンおじいちゃんはプルプルと震えだした。

ヤバい。
怒っている。

しかし私は止まらない。

「ヒィー!ヒィー!」
なんなら少し過呼吸気味だ。

「孔…明…と言ったか…」

「こ…孔明!うぷぷぷぷぷ!」

ドン引き!
おじいちゃんもパパも私にドン引きしているッ!
ハッとしてパパが私に駆け寄った。
「…も…申し訳ありません娘が…」
「ガーハッハッハ!!」
孔明が風体に合わない豪快な笑いを吠えるようにあげた後、轟くような大きな声を張り上げた。

「バッカモン!!!!」

周りの空気がピシィと凍り付いた。

そして
「この子を見習えッ!!」
と怒鳴り散らした。

ハァーフゥーハァーフゥー…

私?
ふぅーふぅー

笑い涙を拭きながら孔明の顔を見ると、満天の笑みでこちらに笑いかけた。
「孔明」

ブワフォゥッ!

ぷぷぷぷぷぷ…
ヒゲが…ヒゲがズルイ。

「ふふふ…ふわぁーはっはっは!ウケたか!?面白かったか!?」

ぷるぷると身体を震わせて、口を右手で押さえながら左手でOKのサインを作る。

「ふふふ…掴みはOKじゃな…」

掴みは…OK…?

「大老…お戯れが過ぎましてよ…」
チャイナドレスのお姉さんが孔明をたしなめている。

「初見で孔明に気付いたのはこの子が初めてじゃ」

アゴヒゲをさすりながらすごくご満悦そうだ…

そしてビリビリと口ヒゲを取り外した。

「わしの渾身のジョークをよくぞ堪能してくれた!礼を言う。お前達はなっとらん!座れッ!」

そしてその後しばらく、ケンおじいちゃんの笑いに対する熱心な講義が続いた。

私はケンおじいちゃんの隣に座らされ、礼節とはなんなのか?真のおもてなしとは五感に訴えるおもてなしをすることで、受けた方は素直にそれを喜ぶことが、真の礼儀であるとか何とかを熱心に聞かされた。

時折おじいちゃんが「あれはわからない」だとか「笑う状況じゃなかった」だとか言い訳する度に「お前は浅学だ」とか「笑いが世界を救うんだ」とかを言い負かされてた。

その横でパパは緊張の糸がほどけたのか口を開けて「はぁ…」とか「はい…」とか呆然と返事をしている。

「…ったく…研究者という人種は己の研究のことばかりで全く世の中の真理を追求しようとしとらん!この子のように素直に喜びを表現せい!」

…なんとなく気に入られたようだ…いい展開なのかコレ…?

「む!茶がぬるいわ!代わりを持ていッ!」

チャイナドレスのお姉さんは慣れた手付きで代わりのお茶を用意してきた。

あ!
おじいちゃんがふたを斜めに掛けた!

パパに目配せをすると慌て真似をしだす。

私もおじいちゃんを見ながら、見よう見まねで小指をお茶に浸し、湯飲みの隣にチョンチョンチョンとお茶を垂らした。

途端、孔明の目がクワッと見開く。

「…黒話か…
随分古いものを持ち出してのぅ…」

「天と地と先祖においてお願い申し上げることがございます」
おじいちゃんが神妙な顔で言い始めたところでスッとパパが立ち上がった。

「不作法で申し訳ありませんケン大老。私から申し上げます。

実は私の妻が研究途中の機械に入りまして身動きが取れない状態にあります。
まずはそれを解決する為に、もう一機必要になります故、研究費の援助をお願い致します。

もう一つはそこにいるアイハの事です。
御存知かも知れませんが、御令孫様と娘は良いお付き合いをさせて頂いておりますが…

ケン大老…
これ以上アイハに何をお望みでいらっしゃいますか…?」

パパは鋭い眼光を孔明に向けていた。

「ガッハッハッハ!
青二才がわしに眼光を飛ばすかッ!
…ならば聞こうラブイズ!
貴様の信念はなんだッ!
わしから答えを聞き出すまでの器量がお前にはあるのか!?」

「…信念…ですか…
家族を…家族を守ることです…!」

「フハハハハ!ぬるいわ!
貴様は自分の家族を守ることだけが信念だと言うのかッ!?
今までこれだけの研究費を与え!
これだけの時間を与え!
それを家族を守ることだけに使いたいというのかッ!

貴様にくれてやるくらいなら発展途上の国にくれてやった方が余程そいつらの家族の為になるわ!
出直せいッ!」

「…ジニアス…
ジニアスについてはいかがお考えですか…
彼は…何を持って私達に近付いて来たのでしょうか…
あなたが…あなたが指示を出したのではないですかッ!!
これ以上…私の家族を傷付けるなら…
私はあなたを絶対に許さない…!」

「ラブイズ!口が過ぎるぞ!ケン師兄、申し訳ありません…」

「良い。お前は黙っていろサイトウ」

鋭い眼光を孔明に向け、パパは仁王立ちのまま威圧していた。
その姿は鬼気迫り、周りの空気が突き刺さる程に感じた。

「ふふ…何故にそう思うのかラブイズ…
わしが何かしているとでも…?」

孔明は片眉を上げて口元をふわふわの扇で隠した。
隣で見ていると明らかに口元が歪んでいた。

「…確証は…無い。
ただ…もしあるとすれば、あなたに陰から彩られた私の人生がその証拠だ!」

「宜しいッ!」
パァン!と孔明は膝を叩いた。

「ラブイズ!確かに私はジニアスを用いお前達に近付いた!
ただそれは何の為か!
お前に答えられるかッ!」

「…“真実の愛”を確認する為」

「!!

…何故…そう思うか!?」

「…ジニアスに聞いたからです。

彼は良い青年です。
私はアイハを通じて彼を知りました。

ある時彼が聞いてきたんです。
『“真実の愛”とはいかなるものでしょうか?』と。

しばらく話をする内に彼は告白してきました。

“真実の愛”を学びたい。
その為に日出ずる国へ修行に来た。
そして、私とアイハに会ったと。

アイハになら分かる。

私には?

…ずっと心に引っ掛かっていた。

それが彼を調べるきっかけになったのです。

彼の出身校がサイトウの大学だと知った時に、サイトウの差し金だと思いました。

しかし、サイトウにカマを掛けましたが本当に知らない様子でした。

そしてあなたの名前が出てきた。

だとしたら組織の最高位におり、ジニアスの実祖父であるあなたに聞くのが一番だと思ったのです。

…間違い…ございませんか…?」

「フフフ…ハーハッハッハ!
よかろうラブイズ!
お前の言う通りだ!

いいだろうラブイズ!
ならば聞こう!
“真実の愛”とは一体何か!?貴様はなんと答える!?」

パパ…!?
なんなの!?“真実の愛”?

なんの話をしているの?

孔明は鼻の下が荒れたのか赤くなっているクセに偉そうだ。

パパ…
なんかよくわからないケド頑張って…!

「…その答えは…私の娘…アイハ、答えてくれ」

ハッ!?
私!?

「…ほぅ…」
孔明は顎ヒゲをスイスイと撫でながら私の方を見た。

「なるほどな…
ならばアイハ!おまえはどう思うのか…聞かせてもらおうか!」

“真実の愛”…!?

真実の…愛…

愛…

なんだろう…

思い遣りの心…?
好きという気持ち…?

なんだ…?

なんだ?いつの間にどういうことになってるの?

………

愛…
愛…

私はそのまましばらく考え込んだ。

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