第181話 《アイハ》31

「えッキシィ!!」

くしゃみと鼻水が出た。…髪乾かしてなかったからだな。

すみませんお姉さん、私人前でくしゃみと鼻水出しちゃう乙女です…

「あらあら」と鼻水を拭いてくれた。

「ズミマゼン…」

「鼻声になっているね。こっちで髪を乾かそう?お祖父様はちょっと待っててくださいね」

そういうとお姉さんは鏡台の前に連れて行ってくれた。

孔明は一人掛けのソファにマフッと腰を下ろして「早くな」とか言ってるケド、さっきの正座姿を見たせいか威厳0だ。

コオォォォォォ…とドライヤーをお姉さんが掛けてくれる。

「いや、自分で掛けますので…」

「いいからいいから!栗色の綺麗な髪ねぇ。やっぱり十代はキューティクルが違うわよね!」

「あ…お姉さんの髪もキレイですよね。どんな手入れされているのですか?」

「私は黒髪だからね。椿油なんか使ってるよ~ツヤツヤになるの」

「へぇ~!
あの、ジニアスのお姉さんなんですよね?私なにも知らなくてすみません」

「いいのよ~。私も言ってなかったし」

髪を乾かすお姉さんの手が気持ちイイ。こりゃ並の男ならイチコロだな。

「はい出来たわ。いきましょう」

「はい!ありがとうございました!」

「うふふ、どういたしまして」

孔明を見ると、ちょっとうたた寝してるっぽい。
“大老”ってなんだかもっと怖い仙人ぽいイメージだったケド、こうして見るとどうしようもないお爺ちゃんだな。

「ほらお祖父様!起きてください」

「んにゃ…おお…」

ヨダレの後が白くなってる…あ、お姉さんハンカチで拭いてあげた。まるで介護です。

「アイハ!先程はすまんかった」

「いえいえこちらこそ」

「んでな、おまえ本気であいつらの研究継ぐのか?」

「え…あぁ…はいまぁ…」

「あの場の勢いとかじゃない?」

お姉さんが優しく聞いてくれる。

「うーん、なんというか、パパやおじいちゃんに任せておくとなんだか違うっていうか、なんか二人とも男じゃないですか!
難しいことを考えるのは得意かも知れないケド、なんか人の心ってそうじゃないっていうか…

やっぱりうまく言えないんですケド、そんな気がするんです。

…特に今回はママが掛かっているから…

…だから二人だけには任せられないっていうか…」

「…ふぅむ…

シィエ、おまえはどう思う?」

「そうね…

ねぇアイハちゃん。サイトウおじいちゃんは何の為に研究していると思う?」

「あの…
…さっき言ってた“てんじんごういつ”ってヤツですか…?」

「あら!よく聞いてたわね。じゃあ“天人合一”ってなんだと思う?」

「うーんと…宇宙や自然と…一つになる…ですか?」

「…うん。それがおじいちゃんの研究にどう繋がっているんだろう?」

…おじいちゃんの研究が…宇宙と一体になる…?
いやいや違う。
そういうことじゃないよね。

えーと、確か“正しい思考の方向性が正しい人生を導く”だったか。

宇宙はわかりづらいから、自然だな。うん。宇宙も自然の一部だしね。

自然に生きる為に機械を使っているって、それ自体が不自然だよね…

ケド、正しい思考の方向性を得て、その人が学び、そしてより良い人生を歩むならそれはいいか。

だいたいそれを言うなら世の中不自然だらけだしね。

だけど便利なものが無くなると文明的な生活は出来なくなるって先生も言ってたっけ。

便利なものが増えたから、公害が増えたって習ったなぁ…

あれあれ、なんだったっけ。

そうそう、研究が自然と一つになる為にはどうかだっけ…

あ…
「“真実の愛”…?」

「…“真実の愛”ね。
それがどういうことなの?」

うーん…

「おじいちゃんの研究は…“正しい思考の方向性が正しい人生を導く”…
“てんじんごういつ”は自然と一つになることで…

そこには“真実の愛”が必要で…

あぁ、それ自体が自然に生きることか。

つまり、人間は生きているんじゃなくて、“生かされている”っていうことで、それ自体が“真実の愛”に溢れているから、それに気付いていく為の研究っていうカンジだと思います。

…うまく言えないケド…」

「…お祖父様?」

「…むぅ…だが…しかしまだこの子は若い…若すぎる…シィエ…この子にはこの子の他の人生があるかも知れない…」

何の話?

私の人生?

「お祖父様…“盟約の解錠”を発動しますわ…」

「な…!?本気なのか…!?」

えーなになになになに?
私何か言った?

てか“盟約の解錠”って何?

遊〇王?
カードゲームしてたの?
てかなんか発動させちゃったの私!?

「ケン大老、総代の名に於いて命じます。
アイハちゃんを彼らのチームに加え、ファミリーに属する。血の盟約を交わしてください」

「シィエ…いや、総代…
…わかった…
アイハ…本当にいいのか…?」

「え?なんですかコレ?ドッキリ?ドッキリでこういうのありますよね?」

「アイハちゃん、ドッキリじゃないよ。

ただ説明が必要だよね。ごめんなさいこんな急に話してしまって。

あのね、まずこのファミリー…“ファミリー”っていうのはね、親戚の集まりみたいなものなんだけれど、私はここの“総代”なの」

「…総代?ケンおじいちゃんより偉いの?」

「うーん、偉いっていうか、取りまとめる“係”っていうのかな。

これはね、秘密にしておいてもらいたいんだけど、私達の仕事って“世界”が相手なんだよね。だから私達をよく思わない人も多いんだ。
残念だけどね。

だから表向きはお祖父様が代表なんだけれど、本当の代表は私なの。

だから私はなるべく外に出ずにここで守られているの。

“大老”っていうのはね、世界に12人いる華僑の議員さんみたいなものでね、華僑の全てを取り仕切る人達のことで、中にはファミリーの総代を兼任している人も多いけれど、うちみたいにファミリーの総代が別なところもあるんだ。

議会で決められた内容は基本的には守らなくてはならないけれど、ファミリーの中では全て総代に決定権がある。

ただ、お祖父様がこんな小娘にあれこれ言われていても組織は保てないでしょう?だから表向きはお祖父様の秘書としてそばにいるの。

でも、総代としての権利を行使するときに“盟約の解錠”をする。

“盟約”とはお祖父様との仕従関係のことで、普段はお互いの係を尊重しているけれど、有事の際にはそれを解除して私の権限を行使できる決まりなんだ」

中二病くさいですね、とは言えない雰囲気だ。
でも守られている…って…
「命とか狙われているんですか!?」

「うん、まぁね。
それでね、今の総代は私が拝命させてもらっています。
ご挨拶が遅れましたね。
劉家ファミリー総代のシィエ・ヒロー・リュウです。
宜しくお願いします」

そう言うとお姉さんは丁寧に頭を下げた。

「あ…!アイハ・ハルトスです!こちらこそ宜しくお願い致します」

「うふふ。改めて宜しくね。
そういうことでファミリーの総代としてお祖父様に命じたの。
ただ、お祖父様には命じたけれど、アイハちゃんには聞きたいの。

“ファミリー”というのは特殊な集まりでね。
個よりも一族を重視する。
つまり、自分の命よりもファミリーの存続に重きを置くことになるの。

“盟約”とは固く誓われた約束のこと。
だから究極、一族と家族を選ばなくてはならないとした時、一族を裏切るようなことがあれば“血の粛清”が行われる。

…そうやって私達の一族は固く結ばれ、存続してきたの。

そしてその命は一族の為に使われるということ。

アイハちゃん。
“血の盟約”とは一族と同等の力を持つと同時に、命の全てを一族に捧げる覚悟が必要なの。

もちろん受けなくても研究は存続するわ。

ただ…私はアイハちゃんにお願いしたいの。

アイハちゃん、私ね、いや、私達はね、普通じゃないんだ。

命は一族の為にあるって魂に刷り込まれている。
だから、親兄弟が亡くなっても、それは『仕方ない』で済まされて、深い悲しみや痛みが薄く感じている。

私のお父様も去年亡くなったわ。
けれど、そんなに悲しくなかった。

正直、人の生き死にが日常茶飯事の生活で麻痺しているのかも知れない。

…だから、サイトウ博士が眩しかったの。

エゴイズムだったかも知れない。
けれど、たった一人の人の笑顔を見るために、あんなに命を掛けて生きることが出来るなんてね。

もちろん、サイトウ博士の得たものは全てファミリーの恩恵となり、たくさんの人にもたらされました。

スラム街が小さくなった話は知っている?

お祖父様の時代はこの街のほぼ全てがスラムのようだったって。

けれど、お祖父様やサイトウ博士や、たくさんの人が教育や仕事、インフラなんかを施して、ここまで良く変わったのよ。

だからアイハちゃん。
“血の盟約”とは理不尽にアイハちゃんの命を奪い、人生を決め付けさせるかも知れない。

それでも、あなたが望むなら、私達のファミリーの一員になって欲しい。

それは、命の価値が変わってしまった私達の為に、あなたが思う“真の愛情”を私達に示してもらいたいの。

あなたが“真の愛情”をその生涯で得られたなら、私達の計画は飛躍的に進むだろうから…」

「…計画って?」

「“世界平和”よ」

「世界…平和…」
規模が大き過ぎてわかりません。

「…のぅアイハ…
…じじいはもう老い先短いて、命を掛けてファミリーの為に働くことは惜しぃない…
ただおまえは若い…
シィエよりもまだ若い…
使命を押し付けるのは痛ましいんじゃ…

シィエにも自由に生きさせたかった…

ただ一族の血がそうさせんかった…

シィエは特に優秀じゃて、間違いなく一族を率いるじゃろう。

ただのぅ…アイハ…
わしゃぁおまえが好きになった。

血生臭いこの世界に生きるよりも、全うな人生があるはずだと思うんじゃ…

だから…
総代が今ああ言っておるうちに断ってくれんか…

“血の盟約”を交わしたからには、何かの際に家族より一族を優先せねばならん。

究極、ラブイズに何かあった時、おまえ見捨てらるか?」

うー…んそういうことか…

「…今決めれません…」

「…そう…そうよね。
いいの。あなたがジニアスと結婚すればイヤでも一族になるんだからね。
その意味も伝えておきたかったから」

「…いえ…ジニアスとのことこそ別な話です。

ただ、時間をくださいませんか?

今後のこと…自分の人生…ママのこと…パパのこと…少し、落ち着いて考えたいんです」

「そうよね…わかったわ。
この件、“預かり”とします。

ゆっくり考えてねアイハちゃん。

ただ私もアイハちゃんが好きになったの。
だからそれとは別に仲良くして欲しいのだけど、それはいいかな?」

「はい!それはもう喜んで!私、お姉ちゃんとかいなかったから嬉しいです!」

「ふふふ、ありがとう」

「“預かり”か…シィエ…おまえには敵わんな…」

「いえいえ大老にはまだまだ及びませんわ。さぁ遅くなりましたしお祖父様、お暇しましょう」

「…うむ…ではアイハ、焦ることはない…ゆっくり自分の人生を決めるが良いぞ…」

「孔め…ケンおじいちゃん…」

「ふふふ、“孔明”で良いぞ!わしが最も尊敬する男じゃからな!」

「あ…じゃあ孔明おじいちゃん、シィエお姉さんおやすみなさい」

「はいおやすみなさい。アイハちゃん、夜遅くにありがとうね。それじゃあまた明日」

「グッナイじゃアイハ」

「はいまたー」

フゥ。
いい人達で好きなんだケド、またおじいちゃん方とは別で話が難解ですな。

…それからは中々寝付くことが出来なかった。

色々考えた。

ママのこと。
パパのこと。
ブシおじいちゃんのこと。
おじいちゃんのこと。
おばあちゃんのこと。

ジニアスのこと。
シィエお姉さんのこと。
孔明のこと。

これからのこと。
私が何をしたいか。
“真実の愛”とは。
世界平和とは。

人生とは…

そしていつの間にか寝てしまっていた。

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