第183話 《アイハ》33

「…ママのところへ行こうか」

そう言ってパパは私を研究室へ連れて行った。

———————–

「ママ…」

モニター越しに見えるママは少し頬が痩けているように見えた。

パパは忙しそうに、そして真剣に機械のチェックをし、ママの状態を確認している。

「…ねぇパパ」

「なんだい?アイハ」
パパは計器を見て頬杖を付き、口元を擦りながら振り向かずに返事をした。

「こっちを向いて」

「あぁ…ちょっと待ってね…うん…これでよし。

どうしたんだい?アイハ」

「私…これからどうしたらいいカナァと思ってる…」

「うん…そうだね。
一つ一つ、一緒に考えていこうか」

「ママのことは心配…

…だけど私、機械のことはわからないし、学校のことや、ジニアスとこれからどう付き合ったらいいのかわからないんだ…」

「…アイハは何をしたいのかな?」

「私…?
私は…

家族で幸せに暮らしたい。
今のこの家族で暮らしたい。

新しい家族のことなんて、考えることも出来ない。

…だから…
ケンおじいちゃんの言っていたことは、本当は良くわからないの」

「うん、うん、アイハは家族で幸せに暮らしたいんだね。それでケンおじいちゃんの言うことは良くわからないんだね」

「…そう。それでね、私、ママのことを見ていきたいから、この機械の使い方も覚えたいんだ…

…ただ、私が本当にやりたいことは今は無いんだケド、このまま介護みたいな生活がしばらく続くなら、私も何か手に職をつけなくてはならないとも思うの…

それが、ケンおじいちゃんの言うジニアスとの結婚で、ファミリーの一族になるのとは違う話だと思うんだ。

結婚ってお金ダケじゃないと思う。

若い今だからそう思うのかも知れないし、お金の苦労をしたことないからかも知れないケド、なんというか、私はそれだけで結婚したくない」

「アイハ…あれは演技だって…!」

「いや、ジニアスとって訳じゃなくて、なんにしてもの話だよ。

…だから、私どうしていいかわからないんだ」

「そうか…そうだよね。
パパもアイハの立場になったらわからなくなるなぁ、きっと…」

「パパも!?
嘘だぁ、パパいっつも自分で決めちゃうじゃん」

「いや…パパはね、見切り発車が多いんだよね。

やらないで後悔するよりは、やって後悔したい方なんだ。

身体が先に動いちゃうっていうのかな」

「私も本当はそうなんだケドね。

…今回は、悩んでいる」

「そうか、わかった。

パパが思うことなんだけどね、まず、ママの状態を適切に維持していくのに、パパとおじいちゃんの他にもう一人、安心してマシンを任せることが出来る人が必要なんだ。

だからそれはアイハにお願いしたいのが一つ。

ただ、その為には機械のことに詳しくならなくてはならないから、勉強を兼ねてそういう高校へ編入する。

いや、パパが考えていることだから、アイハが嫌だったらそうじゃなくていいんだからね。

それで実はこの大学の敷地内に工学科の付属高校があるんだ。

そこに編入すればいつでもすぐにママに会える。

…ただ、君の進路はかなり狭まってしまうだろう。

でも良かったら世間ずれしない為にも外に働きに出てもいいと思う。

…いずれにしても、ママがこのまま起きなかった場合、誰かがマシンの手入れをして見守っていかなくてはならない。

おじいちゃんは順番的に先にどうなるかはわからないから、やはり身内でマシンを操れる人がいるとパパも安心なんだ。

もしパパがアイハだとしたら、何かの時にただ見ているだけじゃなくて、自分でママの面倒を見られたら後悔しないと思う。

だけど、これはパパの考えだから、アイハに押し付けたりしないよ。

ゆっくり考えたらいい。

…どちらにしても、最低限必要なことは覚えてもらうつもりだからね。

アイハ。
君には君の人生がある。

私は親になって、ようやく今思うんだ。

子供に親のエゴは押し付けられないって。

それはママのお父さんを見ていてより強く思ったんだ。

ママのお父さんはパパにも決して自分の考えを押し付けなかった。

ただ守っていた。
いつでも自分が力になれるようにって。

パパもね、そうなりたいと今は思っているんだ。

だからアイハ。
こんなパパだけれども、パパは君の力になりたいんだ。

君の、これからの素晴らしい人生を応援したい。

そして、その為にはたくさん悩んでいい。
悩みはたくさんある程いいんだ。

悩めることが幸せに感じた時、パパはきっと、アイハが本当の人生の幸せに気付けた時だと思うよ。

…人は一生涯悩み続ける生き物だ。

だからそれがプラスの方向性を向いている限りは大丈夫だからね…」

「パパ…」
相変わらず少し難解ではあるケド、何となくパパの言っていることは理解出来た。

とりあえず私は当面、パパが“マシン”と呼ぶこの機械を理解していかなければママの面倒が見れないってことだ。

そしてその為には知識が必要で、
その上で“どう生きていくか”を考える。

うーん…
わかった。

「まずはパパの言う通りやってみる。
ケド、その時々で私、また悩むかも知れない。
その時はパパ、また相談に乗ってくれる?」

「もちろんだよアイハ。
ありがとう。
一緒にがんばろうか。もう一人で悩まなくていいよ。
家族なんだ。
一緒に考えていこう」

「うん。パパ…ありがとう」

「うん。じゃあ早速なんだけどこの計器はね…」
とパパはマシンについて色々教えてくれた。

全然わからなくて早くも挫けそうになったケド、ママの為に一生懸命メモを取った。

…ママ…

私、まだどう生きていけばいいか、わからない。

だけど、悔いのないようにしたいとは思っているよ。

ママ…

ママがこの“マシン”に入ったこと、まだ意味はわからない。

だけど、どんなママだって私は愛しているから。

だからママ。
パパと三人で一緒にがんばろう。

これからパパとおじいちゃんと三人で見ていくから…

一筋の涙と一緒に、今までのたくさんの思い出が溢れ出してきた。

家族で一緒に暮らしたかった。

あの、パパとママと公園に行ったあの日のように…

パパが帰って来たら、全てが変わると信じていた。

ずっと、パパが帰って来たら幸せになれるって信じていた。

ママは…どんな気持ちだったんだろう…

たった一人で幼い私を育ててくれたのに、私はママをないがしろにしてパパの元へ行ってしまった…

ママが苦しい時に、
私は笑っていた…

ママ…

私…

心がぎゅうっと押し潰されそうになって、胸を締め付けた。

止めどなく涙を流す私を、パパはそっと抱き締めてくれた。

私は押し潰されそうな心を必死に耐えた。

私が…
私がしっかりしなきゃ…

部屋の中ではただ静かにママの心電図の音だけが鳴り響いていた…

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