第189話 《アイハ》39

近くの河原で待ち合わせをすると、ジニアスはもうそこで待っていた。

「早いね」

「バイクで来たから…」

「バイク…乗ってるんだ?」

「あぁ…街中の移動は便利なんだ」

「今度後ろに乗せてよ」

「そう言うと思って」

そう言ってジニアスはヘルメットを差し出した。

「ジニアスのは?」

「バイクに置いてある。おいでよ」

そう言ってジニアスは私の手を取った。

私は連れられるままバイクへ向かいヘルメットを被ると、あごのベルトをジニアスが付けてくれた。

そしてバイクに跨がったジニアスの後ろに乗って抱き付いた。

ウォンッ!とバイクが鳴る。

「どこに行きたい!?」

「どこか、遠く」

「わかった」

ジニアスと私を乗せて、猛スピードでバイクは走り出した。

周りのいつもの景色がビュンビュンと溶けていく。

…あったかい背中。

なんだかパパの背中に似てる…

———————-

しばらくバイクを走らせていくと、大きな河口で出た。

ブルルルル…ストンフシュゥ…

「ここは?」

「さっきの河の河口だよ」
ヘルメットを脱ぎながら、ジニアスがそう言った。

私もヘルメットを脱ごうとしたら、あごのベルトが引っ掛かって取れない。

うんうん唸っているとジニアスが優しく外してくれた。

「ぷはぁ!息が詰まった!」

「慣れないとそうなるよね」

「でも気持ち良かった!」

「やっと笑った」

「え?」

「ずっと…曇った顔、してたからさ」

「あ…ゴメン…」

「いや、いいんだよ。こちらこそゴメンよ」

「いや…ジニアスは悪くないよ…

…私、どうしたらいいかわかんなくなっいて…それで…」
「…僕さ、こっちに帰って来ることに決めたんだ」

ジニアスが私の言葉を遮るように話し出した。

「僕の家、行ったんだろう?
うちはさ、あんなんだから、一族の為に働けって小さい頃から言われててさ、それが嫌で今のうちだと思って留学したんだ。

けど、頭の中ではなんとなくわかってた。
うちは普通じゃないから、いつかは僕も一族の為に働かなきゃならないって。

だけどさ、姉さんの話を聞いているうちに思ったんだ。

自分のやりたいことをファミリーの仕事にしようって。

僕はねアイハ、君を始めとする僕に関わる全ての人を幸せにしたいんだ。

最初は日本に行く時に、サカナクンさんに弟子入りして、ずっと日本で暮らそうと思ってた。

だけど、それはそれで素晴らしいことだけど、僕の使命じゃないと思ったんだ。

うちの教えでね、“使命”というのは、“どう命を使うか”なんだって。

そして、“宿命”というのが“生まれる前から決まっていた、どうすることも出来ない巡り合わせ”のことなんだって。

僕は“劉一族”という宿命を帯びて産まれてきた。

だから、その宿命を受け入れた上でどう使命を全うするかを考えた。

アイハ、僕は博士やラブイズさんの研究を引き継ぐことにするよ。

君の為じゃないと言えば嘘になるけど、そればかりじゃない。

僕はね、自分が金持ちのボンボンだと思う。

今までずっと自分の好きなことだけをして生きてきた。

だからこれからは人を幸せにして生きていきたい。

その為にはまず、一番身近な人達から幸せにしたいんだ。

だからアイハ、君もそうだけど、ラブイズさんや博士、母さんや姉さん、グランパも幸せになってもらいたいんだよ。

そして、その為には僕自身が幸せでいなければならない。

だから僕が皆の幸せの為に、僕が一番幸せで、幸せの循環を促して生きていきたいんだ。

アイハ。
僕は世間知らずだ。だから君達の辛さは同じようにはわからない。

だけどアイハ。
僕は幸せに思う方法を知っていて、それは博士やラブイズさんの考える“幸せな思考の方向性が人生を決める”という、ファミリーの一翼を担う仕事の役に立てると思ったんだ。

だからアイハ、
僕は僕の意志でここにいることに決めた。

…アイハ…

…君はどうしたいんだい?」

「…私…?

私は…

私は家族で一緒に暮らしたい…」

「じゃあ、そうしよう。
君は君の家族と一緒に暮らせるように生きればいい。

だけど、一人でやらなくていい。

たくさんの人が君の周りにいるんだ。

アイハ、一緒にやろう。
みんなでやれば、きっとうまくいくよ」

そう言って、ジニアスはポケットから箱を取り出した。

「これ…」

「…なぁに?」

「開けてごらん」

中を開けると、そこには四つ葉の可愛いネックレスがあった。
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「これ…僕が働いたお金で買ったんだ。
親から貰ったお金じゃない。

…グランパから結婚の話をされたんだろう?

ごめんよあんなおじいちゃんで…

僕もね、結婚なんてまだ全然考えていなかったけど…それはアイハと出来たら嬉しいけど…

僕達はまだ若い。

ただ、そうじゃなくて…なんていうか…

それとは別に、僕はアイハを大切にしたいんだ。

だからこのネックレスは、婚約とかそういうのじゃなくて、僕の決意の表れなんだ。

『君を大切にする』っていうね。

だからアイハ。

君にそれを受け取って欲しい。

…だけどね、それは僕のわがままだってことはわかっているつもりだよアイハ。

でも…それでも僕の決意を伝えたかったんだ」

「ジニアス…」

「“例えばこの命尽きようともッ!”
“例えば我が身が朽ちようともッ!”
“劉家の血の盟約に従い、此れを成す事示さんッ!”」

そうジニアスは叫ぶと自分の親指を噛み千切ってそのネックレスに押し付けた。

「“劉家の血の盟約”…

大人達は青臭い戯言だと笑うかも知れない。

だけど僕は誓う。

例えば君が他の誰かを好きになっても、

僕は君を守る」

みるみるうちに、ネックレスの台紙が血で滲んでいく。

私は言葉も無く、ただ呆然とジニアスを見詰めていた。

「…ごめん。こんなのドン引きだよね。

ただ、これが今の僕の本気を君に示す出来る限りの“覚悟”なんだ」

そう言ってジニアスは血塗れた手をそのままグローブにはめて、「じゃあ帰ろう」と言った。

私は、貰ったばかりの血に滲んだネックレスにジニアスからの本気を感じながらも、少しだけ怖かった。

そしてこれがシィエお姉さんの言う『普通の家と違う』ということなのかと、なんだか妙に府に落ちたような、不思議な気持ちになっていた。

夕暮れの中を颯爽とバイクで走る感覚は、なんだか少しだけ気持ちがスッキリする。

ジニアスにバイクで家まで送ってもらうと、パパがごはん粒を口の周りに付けながら外へ飛び出してきて、口からごはんを撒き散らしながら火を吹くほど私とジニアスを怒った。

どうやらバイクは危ないからダメらしい。

だけど帰り際、パパがジニアスに「ありがとう」と小さく言っていたのを私は聞き逃さなかった。

そして私とパパはジニアスを一緒に見送って、家の中へ入った。

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