第194話 《アイハ》44

屋敷ではサンドイッチという名のゴージャスなランチが用意されていた。

ナニコレ?パーティー?

「あらアイハちゃんよく来たわね」

あ、シィエお姉さんだ。
今日は普段着なんだな。
オフなのかな?

「シィエお姉さんこんにちは。あの…これって…」

「あぁ、これね。お祖父様がアイハちゃんが来るって言ったらなんだか張り切っちゃって…気にせずに楽しんでね!」

いやぁ…なんか結婚披露宴立食パーティーみたいになってますケド…

でもジニアスは普通にしてる。セレブはこれが普通なのか?

「アイハ!よく来たな!ガハハハハ!まぁ座れ!」

「あ、ケンおじいちゃんこんにちは」

「ささ!アイハこっちに座って!主賓はここよ!」

んん!?

ジニアスママに通された席はジニアスの隣で、なんだか御披露目みたいになってるゾ?

ムムム…

「あらー!そんなに緊張しなくていいのよ!リラックスリラックス!そうだ!少しお酒飲む?」

「マァームッ!」
速攻でジニアスからフォローが入る。

「やぁね冗談よ、冗談!あははははははは!」

「全く…なんかゴメンよアイハ…」

「いや…いいんだよ。ただびっくりしちゃって…」

「ガハハハハ!アイハ!たくさん食え!」

「お祖父様、乾杯もまだよ」

「おぉそうか!皆、グラスを持てぃッ!」

慌ててグラスを用意しだす執事さん達。

あぁ~ここで働くのは大変そうですね…

「では!今日はよく来てくれたアイハ!我が孫ジニアスとアイハの祝賀を祈って!カンパーイッ!」

「かんぱーい!」
「アイハちゃんに乾杯!」
「ジニアスちゃん!アイハ!おめでとう!」

んん!?
なになに!?なんか祝賀会みたくなってるじゃーん!

ジニアス!まんざらでもない顔してる!

ダメだ…私、この波に飲まれたらダメだ!

「あのッ!」
と私が大きい声を出すと、みんないっせいに振り向いた。

「私、ジニアスとまだ結婚しませんッ!」

しーん

「…アイハちゃん…“まだ”ってことはいつかは考えてるの?」

シィエお姉さん…

まさか地雷!?
私地雷踏んだ!?

「オォ!遂にその気になったかッ!いやぁめでたい!」

「ジニアスちゃん…いいお嫁さん見つけたわね…」

そこっ!ジニアスママしんみりしない!

ジニアス!嬉しそうにびっくりしない!

ダメだ!ダメだこのペース!

「いや!そうじゃなくて!私、介護士になりたいんですッ!!」

「介護士…?あら素敵じゃない?ねぇお祖父様、これでお祖父様がどうかなっても安心ね」

シィエお姉さん!違う!なんか違う!

「おぉ…アイハ…わしの為に…」

ケンおじいちゃん違う!いや看るケド!面倒看るケド!

「あら私もそのうちお願いしようかしら!?アイハに頼むわ~」

ジニアスママ!
いや!この人は最初からだ!

ジニアス!少しウルウル感動してこっち見ないで!違う!違う!いやケンおじいちゃんは看るケドッ!

「アイハ…すまんのぅ…」

ケンおじいちゃんがホロリとしてる!
違ーうッ!

あー!もーッ!

「話を聞いてェッッ!!!」
ドンッ!

しーん…

「アイハ…ちゃん…?」
シィエお姉さんごめんなさい。でもここは譲れませんッ!

「あの!私!今日来たのは!前に!ケンおじいちゃんに!ジニアスと結婚しろって言われて!シィエお姉さんからは!研究室に入れって言われて!でも!そうじゃなくて!私!普通の介護士になりたいんです!
今日は!それを伝えに来たダケです!これで失礼しますッ!」

そう言って、泣きそうになりながらカバンを持って走り出した。

「ちょちょ!ちょっとアイハ!」

ジニアスがキョドってるケドもう知らない!

ガチャン!バタン!と扉を締め、ずんずん廊下を歩いていると「ちょっと待ってー!」と後ろからシィエお姉さんが走って来た。

「アイハちゃん!ごめんなさい!うちの家族こんなで!」

後ろを振り向くとシィエお姉さんが丁寧に頭を下げて謝っていた。

「…ぅわぁ~ん!ジィエ゛お゛ね゛ぇ゛ざぁ゛ん゛ん゛ん゛~ッ!!」

滝のように涙が流れ落ちた。

「あぁ~ゴメンねアイハちゃんゴメンね…」

涙と鼻水がだだ流れるのを構わず、シィエお姉さんは優しく抱き締めてくれた。

よしよし…と優しく頭を撫でてくれる。

ぅふー
ぅふー

と呼吸を整えていると、「アイハ…?」とケンおじいちゃんをはじめとした、ジニアスママとぼんくらジニアスが扉の向こうからそ~っとこっちを見ていた。

「びえぇぇ~んッ!!」

サッ!と三人が部屋へ逃げ帰る。

「…ゴメンね…アイハちゃん…なんか、みんな舞い上がってしまってね…
話があるみたいだって、ジニアスから聞いていたけど、そうかぁ…介護士さんかぁ…きっとたくさん考えたんだねぇ…」

ぅふー
ぅふー

シィエお姉さんのおっぱいはふかふかでとてもいい匂いがして、なんだかママに抱き締められている気がした。

ぅふー
ぅふー…

ひくっ…
えぐっ…

ぅふー…

ズビビッ!

「うぅ…シィエお姉さん…ひぐっ…ごめんなさい…」

「ううん、いいの。こちらこそゴメンね。アイハちゃんの気持ちも考えないで…ほら…すぐそこ、私の部屋だから、一緒に行こ?」

シィエお姉さんに連れられてシィエお姉さんのお部屋に行った。

白を基調にしたシンプルで上品なお部屋だ。

シィエお姉さんは私を優しくソファに座らされてくれた。

「ほらほら、鼻かんで」

ビィー

「ふぃー…」

「アイハちゃんちょっと着替えるから待っててね」

「…ぁぃ」

私の鼻水と涙でぐちょぐちょになった上着を脱ぎ、白いカットソーに着替えている。

「ふぅ…」

「お待たせ」と目の前のイスに座り直してシィエお姉さんが言った。

「アイハちゃん、どうして介護士になりたいと思ったの?」

「…はい…

…私…自分の出来ることってなんだろうって考えたんです…

…後、やりたいことってなんだろうって考えたんです…

…たくさん、たくさん考えたんです…

…シィエお姉さんも、パパも、私、研究室に入る方がいいみたく考えたと思うんですケド…

なんだか…しっくりこないっていうか…

自分が、納得した上でやるべきことを見つけたかったんです…

こないだ、私のおばあちゃんが施設に入ってるんですケド、会いに行ったんです。

そしたら、おばあちゃんも家族だから、だから、みんなで一緒にいるなら、介護の仕事なら私も現実的に出来そうだし、それがしたいって思ったんです」

「…そうかぁ。いい、目標見つけたね。アイハちゃん。
良かったね。
私、それでいいと思うよ。

いや、“それが”いいと思うよ」

シィエお姉さんはそう言うと、にっこり笑って頭を撫でてくれた。

安心したのか、ふるふると身体が震えてくる。

「わたっ…ひぐっ…わたし…ひぐっ…どうしたらいいかわかんなくて…ひぐっ…でも…ひぐっ!…なんかしなくちゃいけなくて…ひぐっ!なんか…しなくちゃ…!」

「うん、うん、よくがんばったね」

「ううう…うわぁぁぁあん!うわぁぁぁあん!」

「うん、うん、よしよし…」

そう言ってシィエお姉さんはまた鼻水だらけの私を抱き締めてくれた。

私を抱き締めながら、シィエお姉さんは言った。

「たくさん、たくさん考えて、考えたんなら、大丈夫だよ。アイハちゃんが考えたこと、私も応援しているから」

そのまましばらくシィエお姉さんの胸に抱かれて泣いていた。

シィエお姉さんの胸の中はすごく温かくて、すごく安らいだ。

ややしばらくして、シィエお姉さんはまた着替えると、電話でコーヒーとオレンジジュースを頼んだ。

少しすると、コンコン…とドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ」
とシィエお姉さんが言うと、おずおずとジニアスがコーヒーとオレンジジュースをトレイに乗せて入ってきた。

「…アイハ…ごめんよ…」

その後ろから、ケンおじいちゃんとジニアスママがそ~っと中を覗いている。

「アイハ…?」
ケンおじいちゃんは怒られたあの時みたいに子犬のような目で見ている。

ジニアスママはさすがに空気を読んだのか顔を上下に動かしながら黙ってこっちを見ている。身体が大きくて隠れていない。

その様子がなんだかおかしくなってきて、ふふふっと笑ってしまった。

ケンおじいちゃんとジニアスママは顔を見合わして喜んだ。

ジニアスはほっとした表情になった。

「もう…しょうがないわね。入っていらっしゃい」

そうシィエお姉さんが言うと、ケンおじいちゃんとジニアスママは手に持ったサンドイッチをジャーン!と出して、嬉しそうに部屋に入ってきた。

シィエお姉さんはやれやれといったカンジでサンドイッチを受け取ると、テーブルに置いていった。

「もーぅ!どうしたのアイハ!突然に!でも良かったわぁ~!ねぇねぇシィエちゃん!もうここで食べましょうよ!私また戻るのめんどうだわ~。あらアイハはオレンジジュースなのね!うちのオレンジジュースはフロリダのね…」
と始まったマシンガントークを皮切りに、ジニアスとケンおじいちゃんもわいわいと話し出した。

「はいはーい!皆落ち着いてー」
パンパンと手を叩いてシィエお姉さんが三人を諌める。

「皆聞いて、アイハちゃんね、介護士になることを決めたのは、アイハちゃんが今出来ることを考えた結果なの。だから私はアイハちゃんの気持ちを大切にしたい。
異論のある人はいる?」

「僕はアイハが決めたことを尊重するよ」
ジニアスが言った。

「それが現実的かも知れんのぅ」
ケンおじいちゃんが言った。

「いつか私も面倒見てね」
ジニアスママが愛らしくウィンクをした。

「では改めまして、アイハちゃんの愛溢れる決断と門出を祝して!かんぱーい!」

「かんぱーい!」
「うむ!乾杯ッ!」
「アイハ宜しくー!」

それからシィエお姉さんの部屋でなし崩し的にパーティーが始まった。

みんななんだか嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。

それから私もたくさん笑った。

私のそばに居てくれて優しく微笑んでくれるジニアス。

私を優しく見守ってくれて温かく微笑んでくれるシィエお姉さん。

私のことが好きで豪快に笑うケンおじいちゃん。

私を気に入ってくれてたくさん笑って話をしてくれるジニアスママ。

やっぱり家族っていいなと思った。

たくさんの笑顔に包まれて、私は改めてこの家族が好きになった。

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