第195話 《アイハ》45

そうやって私は介護士に向けて生きていく方向性を決めた。

パパは、いつも言っている“正しい思考の方向性”にアイハは向かっているから大丈夫だと後押ししてくれる。

ある時に“正しくない思考の方向性”とはなにかパパに聞いたことがあった。

“正しくない思考の方向性”とは、ネガティブ思考に侵されている状態の思考のことで、そこから発信された方向性はたいがい正しくないということを、パパは身を持って体感したそうだ。

ネガティブ思考に侵されている時、人はどんどんマイナス思考に向かって行動をしていく。そしてその根本は“エゴイズム”にあるらしい。

パパは大好きな日本の言葉で教えてくれた。

『和を持って貴しを成す』

私心を捨て、周りと協調することが真の人生の方向性を歩む為には必要なことで、それを忘れない忍耐が必要なんだと。

それには、笑顔と温かい言葉を持ち続ける忍耐が必要なんだと。

そういうことが大切なことなんだと語ってくれた。

介護士になることを決めてから、毎日おばあちゃんに会いに行った。

おばあちゃんはいつも変わらないように見えて、毎日少しずつ違った。

まず、私が会いに行くと明らかに目の瞳孔が開いた。

そして私を見据えると目が輝くように見えた。

パパの時は、なんとなく悲しそうな目をした。

そのうち、おばあちゃんは1日のうちに何回か唸るように声を発していることに気付いた。

そして、明らかに顔付きが変わる時があった。

何がきっかけはわからないけれども、日々おばあちゃんと接していく中で、今日はなんとなく嬉しそうだなぁとか、今日は具合が悪そうだとかがわかるようになっていった。

私は高校を卒業すると、パパの大学の福祉科に入学した。

そして毎日大学へ通い、研究室とおばあちゃんのところと授業とを回る日々が続いた。

そんな中でテムズさんとゆっくりお話しする機会が何度かあった。

テムズさんはおじいちゃんが開発したナノマシンの最初の被験者だった。

両手両足欠損という状態で生まれた彼女は生まれてからすぐに捨てられた。

孤児院の前にバスタオルでくるまりながら泣いていたのが彼女だったそうだ。

スラム近くの孤児院には、麻薬の副作用か、そういう子供がたくさんいたとおじいちゃんが言っていた。

「テムズは泣くことしか出来なかったから、泣くことでしか自己表現が出来ないんだよ」

とおじいちゃんが寂しそうに言った顔が頭から離れなかった。

泣いて、同調を図り、自己を満足に導く。

彼女が18歳になるまで、それは彼女の生きる方法だった。

だから、泣いて自分を訴えるママのことが、まるで自分と重なるような気がして、それで無謀とも思えるママの希望に力を貸してしまったとテムズさんは泣いていた。

テムズさんにはテムズさんの人生があって、それは誰にも責めることは出来ない。

だからおじいちゃんも、パパも、テムズさんを一言も責めたりすることはなかった。

私はいつの間にか彼女を許せるようになっていた。

もし私が彼女と同じ立場だったら、きっと同じようにしただろうと思えた。

それはきっと、その人生を歩んだ人にしかわからない何かがあることを私は学んだ。

それから、たまにシィエお姉さんの家に遊びに行くことが増えた。

シィエお姉さんはその立場上、外に出ることはなかった。

それは3年前にジニアスとシィエお姉さんのお父さんが、殺害されたことに起因していた。

あの世界ではよくある話らしいけれども、私は淡々とそれを話すシィエお姉さんを見て涙を流した。

“生きる世界が違うんだよ”

そう言って寂しそうにシィエお姉さんは笑った。

ジニアスはいつも優しかった。

ジニアスはいつも変わらなかった。

お父さんの話をした時に、少しだけジニアスは泣いた。

でもすぐに“それがダディの使命だった”と口をつむんだ。

一族の宿命だとケンおじいちゃんは言う。
そしてその血筋は家族の枠を越えて、“一族”としての維持を余儀無くされる。
“家族”は一族の維持の為の代表であり、私の思う家族の形と違う。

ただ、そういう世界があることを私は知った。

ママは…
ママは変わらない。

ただ、ママは生きている。
“生きている”という事実だけが、ママへの思いを繋ぎ止めていた。

この世界から逃げ出したママを私は恨んではいない。

パパは…
パパは時折、難しそうな顔をする時間が増えていった。

ただ、相変わらず私には優しかった。

たくさんの人の人生に触れ、それはそういう時もあることを私は学んでいた。

そして私はホームヘルスエイド(在宅介護士)とナーシングエイド(施設介護士)の資格を取得した。

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