第196話 《アイハ》46

ママがマシンに入って4年が過ぎた。

最近、パパとジニアスは研究員らしからぬ油まみれの作業服で顔を煤だらけにしながら、夜中まで新しいマシンを作ることに没頭していた。

たまに研究室に泊まることも多くなった二人の為に、私は車の免許を取得した。

夜中に夜食を届けたり、二人を送り迎えする為だ。

ジニアスはもうすっかり家族のようになっていて、時折家でご飯を食べたり、泊まることもあった。

もうすっかりパパの相棒として、家でも二人で難しい話をしてばかりだった。

12月のある日、また夜中まで研究に没頭する二人を迎えに行った。

「おいおーい。来たよ~」

大学の外れにあるガレージを作業場としていたので中でも息が白い。

あったかダウンジャケットを着込んでいても、動かなければ震えがくる寒さだ。

「おーぅアイハありがとう」

ガラガラガラ…とマシンの下から油まみれのジニアスが現れる。

「だいぶ進んだの?」

「まぁ、外側はね。でも動かしたら回路がうまく繋がっていなかったり、システムに不具合があったり行ったり来たりだよ」

この寒いのに薄い作業着一枚で、頭から湯気を出しながらジニアスはそう笑った。

あのヒョロガリだったジニアスは、マシン構築の肉体労働が増えたおかげで筋肉隆々の身体と精悍な顔付きへと変貌を遂げていた。

平たく言えばかっこよくなった。

肉体労働に勤しむ筋肉は美しいですねぇ。

ペットボトルの水を飲む姿に見とれていると、ジニアスが「どうした?」と聞いてきた。

「ううん。かっこいいなぁと思って。パパは?」

「え!?そうか?あ、ラブイズさんはさっきまでパソコンでマシン調整していたんだけど…メインPCからソフトを抽出しに行ったのかな?」

「じゃあ待ってよっか。少し休も?」

「そうだね」とジニアスは逆さになったオイル缶に腰を下ろし、簡易暖房機にあたった。

「あぁアイハ」

とジニアスが立ち上がり、掛けてある上着のポケットから何かを取り出した。

「これ」
と私に手渡してくる。

「なぁにこれ?」

「いいから開けてごらん」

紙袋にくるまれていたそれを開けると、中には指輪が入っていた。

「わぁ…」

「アイハ、誕生日おめでとう。今日で20歳になったね」

「え…?誕生日明日…」
時計を見ると0:00を過ぎていた。

「一番最初に言いたくてさ。ラブイズさんに先を越されないかヒヤヒヤしたよ」

そう言ってジニアスは白い歯を覗かせてトムク〇ーズのように笑った。

かっこよすぎる。

こんなに優しくて、温かくて、ハンサムで、ムキムキで、頭が良くて、お金持ちで、これはもう世界中に自慢したくなる。

「あ…ありがとうジニアス…大切にするね」

「あのさアイハ…」

「なぁに?」

「結婚しよう」

「え!?」
「こら待てーぃッ!!」入り口を見るとパパが立っていた。

「パパッ!」

猛ダッシュでパパが綺麗なフォームをしながらこっちへ走ってくる!

「いや!ラブイズさん!違…」

ジニアスがあわあわしてシャキッと直立不動する。

パパは急ブレーキでジニアスの前に立つと息を切らしながら

「歯を食い縛れ…!」
とハァハァ言っている。

「や、パパ、ちょっと待ってよ…」

「ジニアスと言えど、私が居ないうちに娘をたぶらかすとはいい度胸だ…」
肩で息をしながらパパは野獣のような血走った目付きでジニアスを睨む。

「いや!ラブイズさんちょっと落ち着いてください!変な意味じゃないんです!ちょっとパソコンのし過ぎて目が血走って怖いですよ!」

「黙れ!貴様に鉄拳制裁を下す!」

「あ…はい…」

ぎゅっと目を瞑り歯を食い縛るジニアス。

いやいやいやいや。
私の王子様を返してくださいよ。

「パパ…」

「ぬぅ!アイハは黙っていろ!」

「パパ…?」

「む…?」

「せっかくのジニアスのサプライズがパパのせいで台無しです」

「むぅ…」

「はい正座」

「いや!だってジニアスが…!」

「正座!」

「むぅ…」

私も正座をすると、なぜかジニアスも正座しだした。

コンクリートの床がちべたい。

「パパ、空気を読んで」

「むぅ…」

「パパは空気を読まな過ぎです。私は今日20歳になりました。ほぼほぼ大人です」

「でも“結婚”とか聞こえたから…」

「そうですね。確かにびっくりする案件でした。ジニアス、あれはどういう意味ですか?」

「いや…すぐとかじゃなくて…20歳になったしそろそろかと思って…」

「なぁ…アイハ…」

「なぁにパパ?」

「床ちめたい」

「そだね。立とうか。もう帰る?」

「うん、今日は帰ろうか。ジニアス、泊まっていくか?」

「あ、すみません。じゃぁおじゃまします」

そうやってぞろぞろと車に乗り込む。

もはや“ジニアスとの結婚話”は我が家ではコント的な位置付けになっていた。

パパも本気では怒っていない。というかパパも多分ジニアス以外ではもう考えられないと思う。

まぁパパにも思うところはあるんだろうけれども。

帰り道にパパが言った。

「ジニアス、明日はオフにしよう」

「え?あそこの回路繋がったんですか?」

「いや、せっかくアイハの20歳の誕生日なんだ。たまには二人で遊びにいっておいで。夜は皆でご飯を食べよう。私が作って待っているから」

「パパありがとう!ジニアス、私見たい映画があったんだ」

「ラブイズさん…」

「ジニアス…いつもありがとうな。君のおかげでだいぶ助かっているよ。父さんももう年だし、一人でやっていたらゾッとするね。

だからたまにはアイハと出掛けておいで。アイハも資格の勉強ばかりでろくに遊んでなかっただろ?」

「パパ…ありがとう。甘えさせてもらいます。ねぇ明日は楽しみだねジニアス!」

「すみませんおと…ラブイズさん」

「あ!今“お義父さん”って言おうとしただろう!“お義父さん”はまだ早いって言ってるだろう!」

「いやおと…ラブイズさん。聞き間違えですよ」

「ほらまたぁ!」

「ジニアス!パパもいちいち反応しないの!」

「だってジニアスが…」

「だってじゃない」

「むぅ…」

膨れっ面のパパを余所にジニアスが話し掛けてきた。

「ねぇアイハ、今日のご飯はなに?」

「今日は遅いので、“おにぎり”です」

「おにぎりかぁ…僕はアツアツのが苦手だから冷めたのがいいなぁ…中身はオカカにしてくれよ」

「おにぎりはアツアツが至高だろう!君はわかってないな!あ、アイハ、私のは鮭にしてくれ」

「ラブイズさん!アツアツのは匂いがキツイんですよ」

「青二才が…」

「まぁまぁ、ジニアスは温いおにぎりでパパが熱々にするから。二人とも、明日の為に早く寝ようね!」

「わかったよアイハ!」

「アイハ…アツアツの炊きたておにぎりの良さがわからない人間とは結婚しちゃいかんぞ」

「おと…ラブイズさん…」

「あ!また!」

「もー!二人ともいい加減にしなさいッ!喧嘩しないのッ!」

…そうやってその日の夜はふけていった。

冬の凛とした空気の中、満天の夜空が光輝く素敵な夜のドライブだった。

ジニアスもすっかりパパに慣れていて、私は改めて家族の温かさに触れていた。

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