第201話 《アイハ》51

その時、強烈な視線を感じた。

振り向くと4歳年上のキャロラインさんが私をじっと見ていた。

キャロラインさんは今年から介護サポート職員として入ってきた方だった。

「あの…」
とキャロラインさんが話し掛けてきた。

「はい?」

「勝手…勝手過ぎると思います!」

「はい?」

「私、ここに入りたくて入りたくて、やっと入ることが出来たんです!あなたみたいに何もかも恵まれた環境じゃないんです!それを…中に入ってかき乱すようなこと止めてくれませんか!?」

「はぁ…」

「あなたが居ると平穏じゃないんです!利用者さんも迷惑している人もいます!ラモル施設長は資金面であなたを引き留めたいだけなんです!この仕事が嫌ならさっさと辞めればいいじゃないですか!あなたが居るだけでなんだかここが変になってしまう気がするんです!だから…!」

「は、はい、なんかすみません私のせいで…」

「それ!そうやって自分が悪者になっていいフリして…!」

「いや…そういうワケじゃ…」

「そうでしょう!いい顔見せて、そうやって色んな人を取り込んで!ジニアスさんだってあなたに騙されているんだわ!きっとそうよ!じゃないとあなたみたいな娘にかまうはずないもの!」

「はぁ~?」

段々腹がたってきた。なんなんだこの人!?勝手に人の気持ちにズカズカ乗り込んできて!

「何なんですか一体…!?」

「ほら本性を出した!そうやって言われるとすぐに攻撃する!私が親切で言っているのにあなたにはわからないのね。“年上の人の言うことを聞きなさい”って親に教わらなかったの!?ははぁ…あなたの母親も周りに迷惑を掛けっぱなしですもんね…」

ブチンと頭の中で何かが切れた音がした。

「…あなたに何がわかるの…」

「分かるわ!あなたはあなたのワガママでみんなを振り回しているの!あなたが分からないだけじゃない!自分だけ特別扱いされてチヤホヤされているから気付かないのよ!私はね!あなたが憎くて言っている訳じゃないの!あなたの為を思って言っているのよ!」

「あぁ~ん?!」

「はい!そこまでそこまで!」

振り向くとパパがそこに居た。そして気が付くと拳をギリギリと握り締めている自分がいた。

「キャロラインさん…だったかな?アイハの父親です。うちの娘がご迷惑をお掛けしたみたいで申し訳ありませんでした」

日本式のお辞儀をするパパ…

パパ…なんで…!

「ふ…ふん!わかればいいのよ…!」

そう言ってキャロラインさんはスタスタ歩いて行ってしまった。

「パパ…なんで…!」
悔しくて涙が出てくる。
パパはあの人の言うことを信じるんだ!

ママが…ママが馬鹿にされたのに…!パパなんて…!パパなんて…!

無言で涙を溢しながらパパを見つめていた。

パパは困ったような顔をしながら私に言った。

「ごめんなアイハ…悔しい思いをさせて」

「パパ!なんで言い返さないの!悔しくないの!?」

「そりゃパパも悔しいさ」

「だったらなんで…!」

「アイハ、とりあえず外の空気でも吸いに行こうか…」

そう言ってパパは私を外に連れ出した。

キィンと冷たい空気が頭を冷やしていったけれども、怒りで胃が突き上げるようにムカムカしていた。

チャリンチャリン
ガシャン
「ほら」とパパが温かい缶コーヒーをくれる。

「開けれない…開けて…」

「ハハハ、ほら」
プシ!とプルタブを開けてくれる。

ごくごくごく…
プハァ!

「アイハ…悔しかったなぁ」

そういうとパパは淋しそうに笑った。

「パパ…なんで怒らなかったの…?」

「あぁ…パパね、怒るのはもう止めたんだ」

「怒るのを止めた…?」

「うん…“怒りで自己表現をしてはいけない”ってね前に気付いたんだ。

もちろん、怒りも大切な感情だ。時としては必要だと思う。
だけどそれは大切なものを守る時だけだ」

「私…傷付いたよ…我慢したよ…パパは私やママが大切じゃないの…!?」

「パパは二人がとても大切だよ。
うん…そうだねアイハ。
君は傷付いた。そして悔しい思いをした。
でもキャロラインさんはどうかな?」

「あの人は何も私たちのことを知らないくせに…」

「そうだね、だけど我々は彼女の事をどれだけ知っているだろうか…?」

「でもパパ、あんなにママのことまで侮辱して…!」

「うんアイハ。
いいんだよ。知らない人はそう思うのかも知れない。
ママにはママの苦しみがあった。
それを我々はわかっていればいいじゃないか…キャロラインさんにもキャロラインさんの苦しみがあるかも知れない。
それをアイハはわかってあげられるかな…?」

「あの人の苦しみなんて分からないッ!あの人はただ私とママを侮辱したッ!絶対に許せない!」

「うん…そうか…そうだね…ごめんねアイハ…悔しかったよね」

そう言ってパパは私を抱き締めてきた。

「ぅぅ…ぅわああああんッ!ぅわああああんッ!」

「そうか…うん…そうだね…ごめんねアイハ…」

「ぅわああああんッ!ぅわああああんッ!」

よしよしとパパは何度も頭を撫でてくれた。

私はパパの胸で泣き続けた。

頭の血管が切れそうな程、大きな声で泣いた。

ただただ、悔しかった。

パパの言いたいこともなんとなくわかってはいたけれども、どうしても、どうしても悔しかった。

「うん、うんアイハ…ごめんなぁ…パパまた間違えちゃったなぁ…」

「うっ…うっ…うっ…うっ…」

「ごめんなアイハ…ごめんな…」

「うっ…うっ…パパ…ごめんなさい…アイハ…悔しくなって…!」

「いいんだよ…いいんだよアイハ…パパが悪かったよ…」

「ごめんなさい…ごめんなさい…私…私…」

わかっていた。パパがあの場を丸く納める為に頭を下げたこと。

でも、それでも私は悔しかった。

悔しくて
悔しくて
止めどなく涙が溢れてきた。

たくさんの人がいて
たくさんの思いや想いがあることは知っているつもりだった。

けれども、私は悔しさを抑えきれなかった。

パパは凍るような冬の空の下で、私をずっと抱き締め続けた。

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