第207話 《アイハ》57

ソファでうとうとしていると、パパが起きてきて私の肩をそっと叩いた。

「アイハ、こんなところで寝ていたら風邪をひくよ」

「う…ん…」

「パパは色々準備があるから、今日はゆっくりしていなさい。あ、晩御飯は今日はいいから。たまにはジニアスとご飯でも食べに行っておいで」

「あ…はぁい…」

「じゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃい…」

バタン、ガチャンと鍵を閉める音が聞こえ、パパは出掛けた。

眠い。
昨日というか今日寝てしまったのが4:30くらいだから、今は…7:00か…パパ早いな…ダメだ…寝よう…

ママの日記帳を持って自分のベッドになだれ込む。

モフモフモフモフ…

そのうちまた深い眠りについた。

———————-

夢を見た。

ママは暗闇の中、一人ぼっちで膝を抱え、虚ろな視線でただじっと何かに耐えていた。

ママのところに行こうとしても、手足は空を切るばかりで前へ進まない。

手を伸ばしてもママには届かない。

ママはただじっとうずくまり前を見詰めている。

以前のおばあちゃんのように…

私の声も何も届かない。

ただ隣に居たいだけなのに。
ただ抱き締めて温めてあげたいだけなのに。

私の全てが無情に感じ、
私の全ての行動が空虚の闇に飲み込まれていく。

私とママは一定の距離を保ちながら、ただ別々の空間にいるような…

そのうち一筋の光がママを照らし出し、そしてその先には誰かが手を差し伸べているようだった。

あれは…パパ…?

光をまとったパパが、ママの手を取ろうとするけれども、ママは立ち上がることも出来ない。

そしてパパはママの隣にただ座った。

じっと二人で、手を繋いで、寄り添い合い、ただじっと座っていた。

そのうちママの胸に一つ、ぽっと光を放つのが見えた。

その光は時間が経つにつれて段々と大きくなり、ママの身体全体を包み込んだ。

そしてパパはそれを見届けるとゆっくり立ち上がった。

ママもそれに続いて立ち上がると、ゆっくりと、ゆっくりと光の差す方向へ歩いて行った。

見えない階段を一段ずつに登りきると、二人はこちらを向いて優しい笑顔を見せてくれた。

———————–

そこでパチッと目が覚めた。

パパ…!ママ…!

「私を置いていかないでッ!!」

知らないうちに涙が流れていた。

私は着の身着のままタクシーを捕まえママのいる大学へ向かった。

なんだか胸騒ぎがする。

パパ…!
ママ…!

時刻は夕方を回っていた。

大学へ着くと一目散にママのいる研究室へ向かって走った。

走って
走って

息をきらせて研究室の扉を開けると、テムズさんが少し驚いた顔をして、そしてゆっくりと口を開いた。

「今、ラブイズさんがマシンに入りました」

「どうして!パパ!」

研究室の窓からは防塵服に身を包んだタローさんとジローさんが作業を終えたところだった。

「アイハ…ごめんよ、急にこんなことをして…」

「ジニアス!なんで!?なんでパパは私に黙って行ってしまうの!?」

「…お義父さんから手紙を預かっているから…ほら、マシンと人工知能との接続が完了したよ…」

「パパァッ!パパァッ!なんで!なんでなの!?」

「…お義父さんはね、お義母さんの日記帳をずっと君に見せるかを悩んでいたんだ…
きっと、それを見てしまったらアイハがお義母さんの元に行くって言い出すだろうって…
そうした時に、お義父さんは君を止めることが出来ないことを知っていたんだ…だから…」

「ジニアスは知っていたの!?テムズさんは!?みんな知っていて私に黙っていたの!?」

「アイハ…ごめんよ…」

「内気圧、血圧、脳圧全て正常値内。ナノマシンを投入します」

「テムズさん!」

「ごめんね、アイハちゃん。ただこれはラブイズさんから託された私の仕事なの。
私はもう泣かない。
私はラブイズさんと約束したから…」

「パパァ!パパァ!」

「見守ろうアイハ。
ラブイズさんは最後まで悩んでいたんだ。
君が一人になってしまうことを…
だけどラブイズさんは“自分がキキョウのそばに行きたいんだ”とも話していた。
僕はずっと見ていたんだ。
ラブイズさんの苦悩も、アイハへの想いも…」

「パパァ…パパァ…なんで…」

その時研究室にタローさんとジローさんが戻ってきた。

「お嬢ちゃん…来ちまったか…」

「タローさん!なんでパパを行かせたの!?」

「そりゃあ大将に頼まれたら嫌とは言えねぇさ。お嬢ちゃんには悪かったとは思うよ」

「なんで…!なんで勝手に…!」

「ラブイズさん…悩んでいたぞ…お嬢ちゃんに言わないで行くこと…わかってやんな…」

「…ナノマシンが安定したわ。キキョウさんのマシンとの接続を行います」

「ジニアス…ママ…パパと…会えるの…?」

「理論上はね、さぁみんなで見守ろう…」

「セット…オン…!」

その瞬間、まばゆい光が研究室から溢れ出した。

「ママ…!パパ…!」

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