第八章  《キキョウ(37)》 -邂逅-

毎晩必ずアイハからのメールが届く。あれからもう半年が経った。たくさんの話し合いの末、アイハは日本のインターナショナルスクールに通うことになった。彼は昼間、父の仕事の下に付き、大工見習いとなり、夜は日本語学校に通っている。

私は…私はここに残っている。

彼とアイハとここで暮らす決意は出来ていた。ただ、彼とアイハと父と日本で暮らす覚悟は出来ていなかった。

それは彼がまた不安定になった時に家族でここへ戻るよりは、まずは彼のやりたい生活をさせてみてそれから判断してみたらどうだろうという、博士からの提案を私が受け入れた形にはなっているけれども、本当は違う。

私は父にトラウマを抱えているのだ。

私は父が発達障害か軽度の知的障害者だと思っている。父は子育てが出来なかった。今で言う“ネグレスト”いわゆる育児放棄をしていた。

父はいつも多くを喋らなかった。
父はいつも仕事で居なかった。

私は、今でこそそうは思わないけれど、日本を出るまで一人で生きてきたと思っていた。

私が生まれてすぐに母が亡くなってから、父の背中に背負われ、父の職場の事務所に預けられ育てられたそうだ。物心がついた時には雑然とした現場の簡易事務所の回りで遊んで過ごしていた。

小学校へ入ると、私は周りの子達が普通だと思うことを知らないことだらけだということに気が付いた。いつも同じ服ばかり着ていた私は、クラスの子からも距離を置かれていた。自分が汚いなんてわからなかった。髪をとくことも知らず、いつもボサボサで、そのうちストレスの影響かあちこちに円形脱毛が出来ていった。段々と身体が痒くなっていき、いつもどこかを掻いていた。そのせいで、顔や頭や身体の皮膚を掻き壊してしまい、火傷の跡のような顔や身体をしていた。

私はいつもいつも痒かった。いつもいつも頭の中にまで虫が這いずり回るように痒くて、耐えられない日々を過ごした。父には病院へ連れていってはもらえず、いつも市販の塗り薬を塗られていた。それがとてもベタベタする薬で、服や髪にも張り付いてきて余計私を不快にさせた。

代わる代わる来る父の知人らしき人達が衣服の用意をしてくれたり、髪を切ってくれたり、また父に私についてのことを意見したりしてくれていたが、誰の話も父は聞いていない様子だった。父は贖罪のように毎日私の好きなお菓子を買ってきた。父が買ってくるお菓子に最初は喜んで食べていたが、次第に胃もたれから胃痛に変わり、私を苦しめていった。そのうちに父からのゆっくりとした毒の投与かと思うようになった。私は父の手前、仕方なくそれを食べ続けていた。そして自分はいらない子なんだと思っていた。

お母さんがいなかった私は学校が大嫌いだった。授業参観も運動会も懇談会も学芸会も、父は来なかった。何度も父に不満をぶつけて叫んだ。その度に父は岩のようにただじっと黙っていた。それが余計私の苛立ちを募らせた。毎日イライラしていた私には友達がいなかった。教師はいつも連絡が取れず、不都合が多い私を次第に疎ましく接するようになった。初潮が来た時も、私は他の子よりも早かったので、学校での授業はまだ無く、泣きながら保健室に行った。保健室の先生は汚いものでも触るように私を扱った。

私は汚かった。
父を恨み、母を恨んだ。そしてこの人生を恨んだ。赤黒い炎が心の中をいつもチリチリと焼いていた。

何度も何度も児童相談所と思われる人が家に来ていたが、その度に父は時には暴力を用い追い返していた。寡黙で暴力的な父は、私にとって唯一の肉親であり、世界の全てだった。そしてそれは絶望と沈黙の世界だった。

何度か自殺を企てたことがあった。心の中の赤黒い炎が身を焼け尽くす前に自らの身を焼こうとライターの火で指を炙った。熱さは私の皮膚で敏感に察知しすぐにライターから手を離したが、ヒリヒリと軽い火傷の痕が私の心と同じ感じがして癒されていた。私は心と身体がバラバラでは無く、1つの器に在ることを知った。痛みが痒みを越えて感じることを知るようになると、私は自らの身体を傷付けるようになっていった。それほど私は痒みに縛られていた。毎日毎日、シニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイシニタイと心で呟いていた。

中学生になると学校には行かなくなった。父とはますます口を利かなくなり、その代わり毎日テーブルに1000円札が置いてあるようになった。

私は毎日街中に繰り出した。朝学校へ行くふりをして、札幌の中心部にある大通公園に向かった。

たくさんの人がいても、誰も私に気に留める人はいなく、ただ流れ行く人々をただぼんやり眺めて過ごした。

何度か警察や民生委員の人に補導されたが、一度も父が迎えに来ることは無かった。

何度かの補導を繰り返すうちに、一人の民生委員が私に付いたんだと思う。初老のでっぷりとしたその女性の民生委員はヤスダタミコと名乗り、毎日私の隣に来ていろんな話をしていった。話が途切れても、ただ私の隣に居てくれた。私は気にも留めずにただただ雑踏を眺めていた。毎日二人で行き交う人々をただ眺め続けた。時折お弁当を持参してくれて、二人でそれを食べたりもしたが、私から声を発することは無かった。

ヤスダタミコは粘り強く何度も何度も私に話し掛けた。そして私はそれを気に留めずにただぼんやりと聞き流した。そのうち彼女が隣にいる生活が当たり前になっていった。

ある日彼女は私の髪をとくといって櫛を持ってきた。いつものようにその言葉の意味も考えずぼんやりしているとふいに頭に痛みが走った。私の髪には掻き壊した頭皮が張り付き、髪をとかすとそれが引っ掛かって不快な刺激を与えていた。「ィヤめてッ!」ヤスダタミコの手を払いのけて私は頭をボリボリ掻きながら彼女を睨んだ。「ごめんなさい」と彼女は一瞬怯えたように、そしてすぐに柔和な笑顔で微笑みながら、「やっとこっち向いてくれた」と笑った。

この人もそうだ。私を見て笑うのだ。そして私に陰湿な攻撃をする。今までも何度もあった。優しいふりをして近付いてくるくせに陰では私の悪口を言う。そしてその原因は決まって父なのだ。『可哀想な子』という烙印を押し、自分の優しさをアピールしたいだけなのだ。

私は空気になりたい。クラスでも『居ない子』として扱われてきた私は空気になりたかった。そしていつか見えなくても存在が許されるようになりたいと思っていた。例えばその存在が見えるようになるんじゃないかと、それが感じるようになるんじゃないかと、毎日毎日街を眺めているうちにそう考えるようになった。ただ私の頭の中ではもうひとつ、いつも茫然と“シニタイ”が溢れていた。そして私の目に写る灰色の雑踏は変わることは無かった。

ヤスダタミコは諦めなかった。いつも私の隣に来た。時に私の手を擦り、時にふいに私を抱き締めてきた。その度に私はそれを振りほどいた。このお節介な偽善者を次第に疎ましく思うようになったと同時に彼女は姿を見せなくなった。

ある日、若い男性の民生委員が私の元にやって来た。その民生委員は私に一枚の手紙を渡すと、ヤスダタミコが入院したことを告げ、ただ一言「会いに言って欲しい」と言って帰っていった。

私は渡された手紙をぐしゃぐしゃに丸めてその場に捨てた。

次の日もまた次の日も、ベンチの下に捨てられた手紙がそこにあった。3日目に私はそのよれよれになった手紙をなんとなく開いて読んでみた。

『拝啓 葉内桔梗様

夏も終わりに近付き、段々と秋寒い日が顔を出してまいりました。いかがお過ごしでしょうか。

私は今、病院でこの手紙をしたためております。少し体調を崩してしまいました。元から身体は強くなかったのであなたのせいではありません。ただ、私の残された時間はあとわずかのようです。 桔梗さん、私はあなたにたくさん嫌な思いをさせてしまったのではないかと思い、今回筆を取らせていただきました。

ごめんなさい。あなたの気持ちを考えていたつもりでも、どうしても空回りしていた自分には気付いていました。だけど、私にはああすることしか出来ませんでした。それであなたが嫌な思いをしたなら、本当にごめんなさい。

私にはあなたと同い年の娘がいました。
娘はこの世にもういません。
彼女は自らの命を、あなたと同い年の時に絶ちました。
それから私はしばらくあなたと同じように、毎日大通公園に通い、ただ人を見つめて毎日を過ごしました。
娘がいた家にいることが辛かったからです。そして家のそばでは娘との思い出があり過ぎて辛かったからです。
私はあなたに私と娘の姿を重ねてしまいました。
ごめんなさい。民生委員失格ですね。

ただ、あなたの隣にいることが出来て、私は居心地が良かった。
あなたの横顔が娘と重なって、私の悲しみは癒されていきました。
そして、もう20年以上前のことなのに、私は悲しみから癒えていなかったことに気が付きました。

私はあなたがいてくれて良かった。
私の人生にはあなたが必要だったの。だから一言御伝えしたくてこの手紙を綴りました。

ありがとう

あなたがいてくれて、本当にありがとう。

私はもう満足して娘のところに行くことが出来ます。
この世を去り行く私から、最後のお願いなんだけど、あなたには生きて欲しい。
あなたが生きる今日は、誰かが生きたくても生きることが出来なかった今日なの。
不躾で、急なお願いで、本当にごめんなさい。ただの私のわがままだとわかっています。そして私の生きた証をあなたに認めてもらいたいのだと思います。
本当にごめんなさい。

それでも私はあなたに生きてもらいたい。
そして、この世界は喜びに溢れていることに気付いてもらいたい。
今私は死を目の前にして思うの。
辛かった思い出も、楽しかった思い出も、どっちも大切な思い出だったなぁって。
こんな一方的なお手紙でごめんなさい。
ただ、あなたが存在してくれて良かった人間がここにいること、そして生きることの素晴らしさを伝えたかっただけです。

あなたにはまだ、たくさんのやるべきことがあります。
まずはそれを見付けてください。
下にフリースクールの住所と連絡先を書いておきます。

どうかあなたの力になりますように。
そしてあなたがその素晴らしい人生を歩む一歩になりますように。
これからのあなたの人生がたくさんの良いことに溢れますように。
                           かしこ
                           安田多美子』

その手紙を読んだ時、私の心の中でいつもとは違う何かが、チリッと小さく弾けたような気がした。けれど、それが何なのかはわからず、私は小さな違和感を感じていた。小さな違和感を探すように、何度も何度も手紙を読んだ。

何度も
何度も
何度も
何度も。

幾日かして、私は唐突に気が付いた。その時に私は声をあげて吠えるように哭いた。

私はヤスダタミコが好きだったのだ。あの人の優しさに私はようやく気が付いたのだ。

チリチリと胸を焦がしていた想いは、もっとあの人に愛されたいたかったという気持ちのあらわれと、その後にあらわれた燃え盛る業火は、強烈にあの人に会いたいという情念に変貌した。

哭き叫びながら走り出した私の姿に街の人々は驚き、私はそんな人々を押し退けるように駅に向かって駆け出していた。

そして、一人の警察官に補導されると、私は髪を振り乱しながらそれを振りほどき、逃げるように走ろうとしたが、若い男性警察官の力に敵うはずもなく、ただただ哭き叫んでいた。

交番に連行された私は手紙を取り出して、「ごの゛人に゛会い゛に゛行グッ!!ご゛の人に゛会い゛に゛行グッ!!」と哭き叫び続けた。宛名から児童相談所に連絡が行き、前に来た若い男性職員が私を引き取りに来た。

「…ヤスダさんはね、もう居なくなったよ」

「イ゛ヤ゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーーッ!!!!」

そう聞いた私は絶叫していた。心の奥で後悔にも似た感情が頭をもたげていた。心の奥底に閉じ込められていた感情が止めどなく溢れ、涙や鼻水や涎が洪水のように流れ落ちた。

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病院の霊安室ではヤスダタミコが静かに横たわっていた。今まで塞き止めていた感情が一気に放出された私は既に放心状態で彼女の遺体を見つめた。心の奥でまた何かがチリチリと胸を焦がす感じがしていた。

今の私なら分かる。私はあの時に感情が爆発した後だった。あの手紙で私の心が彼女の想いで響いて激しく揺さぶられたのだ。ただ、その時の私は『もうこの人に会えないんだ』という事実を実感し、深い後悔していた。

下を向き、歯を食い縛り、爪が食い込むほど手を握り締め、大粒の涙を床に落とし続けていた。

「ヤスダさんが言ってたと思うけど、フリースクールに行ってみようと思うならいつでも連絡待っているから」
帰りの車の中で、若い男性職員は私にそう告げた。

それからしばらくは家から出ることは無かった。

頭の血管が切れたのかと思うほどの頭重と疼痛が続き、持続するめまいと吐き気に襲われていた。心の中ではチリチリと何かがくすぶっていた。そして父は相変わらず私に無関心だった。

しばらくの間、私は寝込んでいた。そして幾日かしての朝、目が覚めるとスッキリと頭がクリアになったような気がした。今まで悩まされていた頭や身体の痒みが嘘だったように軽かった。

私は外に出た。清廉とした冷たい空気が頬をピリピリと刺す。パリパリと音を立てるように肺に冷たい空気が張り付いていく。目の前で朝日が照らす手稲山は青く雄大で、輝いて見えた。今までこんな景色は見たことが無かった。そのうち、建物の陰に隠れていた朝日が私を照らし出した。陽の暖かな光が私の身体を包み込むと、心の中に何か暖かいものが満たされていくように感じた。この感じにヤスダタミコを思い出した。そしてただ素直に、私は今ここに生きている喜びを感じた。

ヤスダタミコが呪文のように繰り返していた言葉。『この世界は愛に溢れている』その意味がほんの少しわかったような気がした。

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それから私は毎日早起きをして朝日を浴びる生活を続けた。

そして一ヶ月程経った後だろうか。あの男性職員からフリースクールの案内書が私宛に届いた。また胸の奥にツキンと響くものを感じた。私はヤスダタミコが何を伝えたかったのかが気になり、フリースクールへ足を運ぶことにした。

フリースクールは街中にあった。緑に囲まれたその建物は学校というより児童館のようだった。

中に入ると、一人の女性職員と目が合い、「誰かの紹介?」とにこやかな笑顔で対応してくれた。私はなんだか場違いなような気がして身体を強張らせてしまった。初めての場所が、初めての人が、怖かった。

「名前は?」
「…葉内…桔梗…です…」

なんとか声を振り絞るように出すと、その職員の顔がパァッと輝いた。

「葉内桔梗さんね!安田さんから聞いていますよ。さぁこちらに」

言われるがまま、ホールのソファを勧められて腰を下ろすと、その職員はこのスクールの案内書を持って来て、説明を始めた。

ここはいわゆるNPOというところで運営されており、登録をするだけで自由に何でも学べるところで、来るのも来ないのも自由だし、人に迷惑を掛けなければ何を学んでも良いとのことで、退職した教師などが何名かボランティアで滞在しているらしい。知りたいことを聞いたり、一緒に調べてくれたりしてくれるとのこと。

「…安田さんのことは残念でしたね…安田さんはあなたのことを熱心に話していました。きっとここならあなたの力になれるってね。ただ、ここは学校ではありません。入学も卒業も資格も何もありません。でもたくさんの人が出入りしていますから、きっとあなたのこれからが見付かると思いますよ」

その時の私は、その女性職員の言葉に何だか怖い感じがしてその日は帰った。

それから何日も大通公園でフリースクールの案内書を見た。安田さんは私に何をさせたかったのだろうか?学校なんでどこも同じじゃないか?また汚いと言われないか?ただ、肌の調子はだいぶ良くなっていた。頭もクリアで、色々なことをイライラせずに考えられるようにもなっていた。これが安田さんがくれたものなら、この先には一体何があるんだろう。幾日も幾日も考えた末に、私はフリースクールにまずは行ってみようと思い立った。その理由の大部分は、外で座っているのが寒く、辛くなってきたからだった。とりあえず寒さがしのげる場所があればいい。でもまた私は嫌われるかも知れない。でも…でもその時はそこに行かなければいいか。

その時、私はその時に初めて、自分の決意で自分の進む第一歩を踏んだんだと思う。それは、普通の人から見たらなんてことはないことなのかも知れないけれど、昨日までの私には無かった初めての“勇気”が為せた第一歩だった。今でこそ“勇気”の必要性は身に染みてわかる。そしてそれは『自分で決める』という決意の現れだ。人からの視線が怖かった自分が得た初めての勇気はヤスダタミコが与えてくれた。そしてそれは幸いにも私に生きる力を与えてくれた。違う環境に飛び込んでみる勇気。アイハに小さい頃から教えてきた。だからこそ向こう見ずにも育ってしまった訳だけど、私はそのことを今でも大切なことだと思っている。

フリースクールに入るにあたって、一番の難関は父だと思われた。未成年である私には、父の承諾が必要であると言われていた。何て父に言おうかと何日も考えた。誰かに付いてきてもらおうか。手紙を書こうか。いや、誰かに書いてもらおうか。フリースクールの案内書がしわくちゃになった末に、やっぱり直接話をすることにした。

父はいつも通り黙って話を聞いていたが、何も言わず案内書にサインと判子を押して私にくれた。何日も悩んだことが馬鹿らしくなったのを覚えいる。そして、やっぱり父は私なんかには興味が無いのだと思った。

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結果から考えると、フリースクールに行ってから私の生活は激変した。まず、幼い私は可愛がられた。職員は皆優しかった。そして、同じような子ばかりかと思っていたのが、案外お年寄りが多かったことだ。

“フリースクール”の名が示す通り、年代もてんでバラバラの人達が自由に何かを学んでいた。どこかの先生である人が、時には誰かから何かを学んでいる姿を見ることは日常のことだった。

私はまず、小学校の勉強からやり直すことにした。ワンツーマンで教えてくれる優しいおじいちゃん先生がいたことも大きかった。そのおじいちゃん先生は父と同じタケシという名前だったけれど、父とはまるで正反対の人だった。とにかく良く喋る喋る喋る。そして教え方は上手かった。私は黙っている方が楽だったので、相性が良かった。先生は定年後、奥さんを早くに亡くし、やることが無くてここに来るようになったらしい。いつも私を励ましながら、「私の一番の生徒だ」と皆に吹聴してくれたおかげで、私はあそこに居ることが出来た。

学ぶ喜びを知った私は、たくさんのことを学習していき、中学2年生の終わりには義務教育過程の勉強は終わっていた。そこでおじいちゃん先生は私に一つの提案をしてきた。

「私立の中学に編入しないか?」

私は悩んだ。

学校に行くことによってまたいじめられないかという不安はもとより、父が学校生活において手助けしてくれるはずがないこと。そしてそれが原因であの痒みが現れるのではないかという恐怖だった。しばらく話をはぐらかしていたけれども、熱心に勧めてくるおじいちゃん先生に次第に心が動かされていった。

私は福祉について興味を持っていた。私と同じような子達に、私と同じような道があることを知ってもらいたいという、ぼんやりとした進路を思い描くようになっていた。その為に色々な道があることを私はフリースクールで知った。その中でもやはりおじいちゃん先生の言う私立中学から高校、大学へ進む道が一番無難に思えた。

進路を模索している中で、一度おじいちゃん先生の知り合いのいる私立中学に見学しに行く機会が設けられた。そこはおじいちゃん先生の友達が理事長をしている中学で、私は簡単な編入試験を若干騙された形で受けさせられた。

結果は合格。

ワンツーマンで細かいわからないところも掬い上げるように教えてくれるおじいちゃん先生の授業のおかげか、私の学力はかなり高いところにあったようだ。おじいちゃん先生は満足そうに、そして寂しそうに私に言った。

「もう僕からは卒業の時期だ」

もう、おじいちゃん先生が教えられることは無くなったからだと言われた。そこの私立中学では3年生は受験用の勉強しかしなくていいようで、そこで高校受験用の勉強をして、やりたいことを為しなさいと言われた。そして「困ったことがあったらいつでもおいで」と言ってくれた。とても優しい目をしてくれて言ってくれたことを覚えている。特に学ぶことも無くなった私はただ高校受験用の問題集を片っ端から解いていった。

ただ闇雲に
ただ闇雲に。

そしてそれらの時間が不毛に思えるまではさほど時間は掛からなかった。

“卒業”

私はここから卒業しなければならなくなった。ただぼんやりそのことを考える日々が続いた。

———————–

「私立の中学に編入したい」

「わかった」

父が反対しないことは薄々わかっていた。考えてみれば、父は私に反対や意見をすることが無かった。ただただ無関心だった。後、この少し前から私はフリースクールで料理の勉強をしていた。何かしらフリースクールとの繋がりが欲しかったのと、食べるものから肌の状態が作られることを勉強の中で学んだからだ。

中学3年生に上がる年、私は私立中学に編入した。学校では皆勉強ばかりしており、私に対して過剰に嫌がらせをする生徒はいなく、その心配は杞憂に終わった。ただ、時間ごとに詰め込まれる授業には嫌気がさした。解りづらいところ等がすぐに質問する間も無く、次々と内容だけが進んでいった。幸い基礎は済んでいたので何とかついていってはいたが、わからないところはおじいちゃん先生に聞きにいった。また三者面談や、進路の相談など、親が関わることは全部おじいちゃん先生が助けてくれた。

無事中学からエスカレーター式に高校に進学し、目標となる大学まで決まっていた私は、勉強に明け暮れていた。初めて人生の目標が決まった高揚感と、日々の勉強の忙しさで、高校生活はあっという間に過ぎていった。

その中で友達も出来た。
初恋もした。
勉強も頑張った。
学校の行事も楽しんだ。

私は普通の子になれた。

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そして大学の合格発表の日。
合格の確認した私は誰よりも早くにおじいちゃん先生に報告をした。おじいちゃん先生は電話口で涙声になりながら私に「おめでとう」と言ってくれた。

大学では児童心理福祉を専攻した。そしてその秋におじいちゃん先生が倒れた。フリースクールの職員からの連絡でそれを知った私は走った。

走って
走って
走って
走って
最短距離でおじいちゃん先生の病院まで駆けていった。

なんで
なんで
なんで
なんで
と、
行かないで
行かないで
行かないで
行かないで
が、走る私の頭の中でこだまして、そしてそれとは別に言葉にはならない焦燥感が胸に不安を募らせた。

病院に着いた時、おじいちゃん先生はもう冷たくなっていた。家族らしき人がたくさんおじいちゃん先生のそばにいたのをかき分けて、私はおじいちゃん先生にしがみつき叫ぶように泣いた。

———————–

私を助けてくれた二人はそうやって居なくなった。

人生の転機を与えてくれた安田さん。
人生の方向性を導いてくれたおじいちゃん先生。

私は次に何をすべきなのかを見失った。そしてそこに人生の意味を見出だす程大人では無かった。

私はこの思春期を経て、泣き、笑い、喜び、楽しみ、悲しむという普通の子が幼い頃に育む感情を取り戻していた。
ただ、父に対して期待することは皆無だった。

父はアイハに「家を守っているだけだ」と言った。それは確かに私への愛情に感じ、私の心は感動した。けれど父にそれ以上は無かった。おおよそ他の家庭で育まれるであろういわゆる普通の愛情というものを私は受けてこなかった。だからといって私の父にそれを望まなかった。無駄だということがわかっていたから。諦めにも似た感情と私の動き出していた感情がせめぎ合い、父といる時間が苦痛に感じるようになっていた。

心がざわざわといつも落ち着かなくなり、体重は減り、そして月経の周期が乱れるようになると、また私はイライラに悩まされるようになった。そしてそれは静かに私の皮膚を蝕んでいき、少しずつ恐怖が姿を表していった。

そんな時、私の書いた論文が評価を受け、外国の大学へ留学の話がきた。それで私は父と日本から逃げるように留学を決めた。日本から発つ日、いつも通り朝ごはんを作り、父と食事をした。

「じゃあ…行ってきます」

「おう…これ持ってけ」

その封筒はただ無造作に渡された。

そしてそれだけだった。見送りもなく、いつも通り父は仕事に出掛けた。私は生まれ育ったアパートで過ごした無関心の苦痛であった19年と、静かに決別をし、日本を後にした。

空港へ行く途中、電車の中で渡された封筒を開けた。中には何枚かの一万円札があり、それと一緒に手紙が入っていた。それは産まれたばかりの私に宛てた母からの手紙だった。

『桔梗へ

はじめましてやっと会えたね。
産まれたばかりのあなたは、勢いよく泣いて、元気な声を聞かせてくれたね。

これからのあなたの人生をお母さんは楽しみにしています。
お母さんは身体が弱かったから、あなたには強く育って欲しい。
強いばかりじゃいじめっ子になっても困るから、優しさも学んで欲しいな。
欲しい欲しいばかりじゃあなたも困ってしまうよね。
桔梗、あなたの名前は私が考えたの。
桔梗には花言葉があってね。
“永遠の愛”
そういう意味があるんだ。
きちんと意味があって付けたんだよ。

桔梗、
あなたはこれからの人生をどう生きていくのだろうかな。
お母さんは永遠にあなたを愛しています。
産まれてきてくれてありがとう。
お母さんより』

記憶にも無い母からの温もりがそこにあった。そして何となく、父からの愛情も感じていた。父は何を思い、この19年を育ててくれたのだろうか…

…向こうに着いたら父に手紙を書こう。そう思い、私は旅立った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

そんなことを思い巡らしているうちに博士から電話が来た。

「キキョウ。調子はどうだい?」

「まぁまぁかな?今日はどうしたの?」

「うん。『from ラブイズ』に進展があったからお知らせしようと思ってね。今は電話してもいいかな?」

「うん、大丈夫よ。進展って?」

「そうなんだ!聞いてくれるかい!?
前に話した通り『from ラブイズ』を追っていく為には、彼がマシンに入っていた7年間程は解析に掛かるんだが、ようやく半年程進んだんだ!この調子で行けば、彼が何をどう感じていたのかが解析出来る。キキョウ、ラブイズは君の気持ちを周到しているようだ。私が懸念していたのは君の経験を彼が彼なりに解釈していたとしたら、プログラムした記録と徐々に違う記憶が重ねられていくことにより、ついには記憶は夢ととられるか、現実との不条理にラブイズの脳がついていけなくなることだったんだ。

これまでの記憶では、ラブイズはマシンの中の君が入院したところまで感情を共有しているようだ。ただ、長い記憶の中で君が徐々に不安定になっていく様子を彼がどう解釈していくかはまだわからないがね。

…キキョウ、私もこの間ラブイズと話したんだがね、彼が言うには『思考の方向性の根底には感情がある』との見解を示したんだ!
どういうことかというと、君が記した感情の記憶を彼が周到していることが、今回の日本行きに於ける彼の行動に起因している可能性があるということだ。

君がラブイズとの記憶を示してくれた時に、君の幼少の頃の記憶も話してもらったのを覚えているかい?あれも当然ラブイズの記憶に組み込んでいる。

ただ、ラブイズの場合は母親との確執があったからどう記憶に組み込まれているかはまだわからないがね。

キキョウ。
あくまでも推測だが、この度のラブイズの行動は君の本当の感情が根底にある可能性があるということだ。それについてはどう思うかな?」

博士はまるで学生に意見を求めるように淡々と私に言った。

…私の感情が彼の行動の根底にある…?

「…キキョウ?」

「…ごめんなさい博士、少し混乱してしまって…つまり私が本当は父の気持ちを知りたい…って…」

最後の方は涙で声が詰まりながらの言葉だった。それから喉がキュウっと締まったようになって、鼻の奥がツゥンとしびれたようになり、上手く声が出せずに、言葉にならない声がえづきながら音を発するだけだった。

「…ウッ…ウッ…」

「…キキョウ。多分彼は大丈夫だ。というか、彼は本当の意味で君と一つになったのかも知れない。後は君の気持ち次第だ。

キキョウ…一度日本に帰ってみないかい?きっと何かあると私は思うよ…」

「ウッ…はがぜ…」

「まぁ焦ることはないさ。ゆっくり考えてごらん。じゃあまた電話するからねキキョウ。いつでも連絡くれていいんだからね。じゃあ…また」

「はい…」

それだけ言うのが精一杯だった。

父の気持ちを聞きたかったのは本当の私の気持ち…考えた事も無かった。考える暇も無かった。でも…少し落ち着いて考えてみよう。博士と彼が気付かせてくれたこの気持ちのことを。
本当のところの私の気持ちを。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

博士からの電話から幾日か過ぎた。

私はまだここにいる。

ここ最近また身体の痒みが酷くなってきた。

これはストレスによるものだと思う。

それは『なんで父を受け入れない私だけが悪者みたいになっているんだろうか』と考え始めてからだった。

父は父なりの不器用な愛を持っていた。それは分かる。分かるけれども、それで私の心が晴れる訳じゃない。むしろもっと私のことを考えてくれたら、父は私を普通に育てることが出来たんじゃないか?父が周りの人を受け入れて、きちんとサポートしてくれていれば私はあんなに辛い思いをしなくて済んだはずだ。

彼のことだってそうだ。
私の気持ちかどうか分からないけど、私のことを考えるなら私のそばに居てくれたっていいじゃないか。私の気持ちが分かったというならば、私を第一に考えてくれたっていいじゃないか。アイハの気持ちも分からないではないけれど、あの子を必死に育て上げたのは私じゃないか!

なんで皆私を見てくれないのだろう。私が健康だから?じゃあ病気になれば皆優しくしてくれるの?病気のフリをすればいいの?

なんで?
なんで?

ああ、イライラする。いっそのこと居なくなってやろうか。私なんて居なくても皆困らない。私なんてやっぱり必要の無い人間だった。もう何の為に生きているのか分からない。

夫は私の気持ちだか知らないけれども私のことなんてお構い無し。
子供は病弱の夫に付きっきり。
親は私を放っておくばかり。

皆私のことを理解してくれない。

ああ消えたい。死にたいのではなく《《消えたい》》。
この世界から私の存在を消したい。私が生きた痕跡を全て消し去りたい。そうすれば誰も悲しまない。誰も傷付かない。

もう私はこれ以上傷付きたくない。私の心をこれ以上傷付かせたくない。

頭の奥で耳鳴りがキィーンと警鐘を鳴らし続けている。それが“これ以上頭で考えるのは危険”だと言わんばかりに私の頭に鳴り響く。

不正出血が続いていた。昔からそうだ。私は体調を崩すと婦人科を悪くする。貧血が進み、目も霞む。

ああ…このまま永遠の眠りにつけたなら…

毎日そんな日々が続いた。毎日夜にアイハからのメールが届く度に、私の脳を締め付けるようになった。

それと同時くらいに、私は仕事を辞めた。昼はさなぎのようにうずくまり、夜にアイハのメールに気丈な母としてのメールを返す日々が続いた。みるみるうちに家は汚れていった。食べるものはデリバリーで済ませ、極力外に出ることはなくしていった。

ただ一日の終わりにアイハにメールを返す。そしてその後に自堕落な自分と家族を許せない自分の板挟みに苦しむ。

お金は充分にあった。彼がマシンに入るときに見もしなかった分厚い書類の中に、検体中の彼の不在による私達の生活が保証される一文が、博士からのはからいにより記載されており、知らないうちに彼の口座への入金があった。それに気付かなかった私は、まるまる7年は楽に生活出来るだけのお金が彼の口座にあることを、彼が目覚めてから博士から聞いていた。

時折、博士からの連絡が来た。その度に私は博士に私の思いをぶつけていた。博士はただ私の話を聞いてくれた。時には夜中に博士を呼び出して延々と私の悩みを聞いてもらった。そして博士を罵倒し、それに気付いた時に泣きながら謝り続けた。博士はただ私の話を聞いてくれた。

そんな生活の中で、博士はただ私達を苦しめる為に私達に近付いているのではないかと思うようになった。

あの手この手で博士の心の内を探った。

時には身体目当てなんじゃないかと抱き付いてみたり、時には博士が怒りの感情を表すように罵倒し続けた。博士はいつも私を悲しそうに見詰めるだけだった。

ある時から私は博士に懇願するようになった。

「私をあの機械に入れて欲しい」と。

それはたくさんの最もらしい理由を付けたが、一番の理由は“《《この世界に居たくない》》”ということだった。

博士は固辞し続けた。

そして博士からたくさんの話を聞き出した。

元々博士の研究はラブイズの母親の為だったこと。
ラブイズの母親マリーとは幼なじみだったこと。
ずっとマリーが好きだったこと。
今でもマリーが好きだということ。
マリーが行きずりの男との間にラブイズを宿したこと。
ラブイズの父親になろうと決心したこと。
陰ながらマリーとラブイズを支えてきたこと。
ラブイズとの出会いをわざとに仕組んだこと。
ラブイズの幸せがマリーの幸せに繋がることを信じていること。

そこまで聞いて私は気付いた。いや気が付いてしまった。
この人はマリーとラブイズが幸せになる為に私が必要なのだと言うことに。そしてやはり私のことなんかは誰も愛していないんだと言うことに。

それを指摘すると博士は明らかに動揺した姿を見せたが、口では私の心配をしていると言った。

違う。本当に心配ならば、私のことをもっと考えてくれるはずだ。

博士の口からはマリーとラブイズの話しか出てこなかった。

違う。

この人は偽善だ。私には偽善だ。

もう許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。

「わかった!キキョウ、君のいう通りだ。私はマリーとラブイズが大切だ。そしてそれに関わる君が大切なんだよ」

認めるんだ。私より大切なものがあることを。

許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。
許さない。

「…どうすれば許してくれるんだい…」

ようやく引き出した言葉。それは私に許される為の博士から引き出されたカードだ。

「…何でも私の言うことを聞いて…私を一番に考えて…」

「いや…それは…」

「出来ないっていうのッ!!口ばかりの嘘吐き!嘘吐き!嘘吐き!嘘吐き!誰も私なんか見てくれない!私なんか必要無い!もう死ぬ!おまえのせいで私は死ぬ!おまえのせいだ!おまえのせいだ!全部おまえのせいだ!」

いつからか博士は泣いていた。流れる涙と鼻水が入り雑じった液体がボトボトと落ちていた。

「………………

…私は…いつもこうなんだ…誰かを助けたくても皆不幸になる…
そして私は責められる…

マリーにも…
君にも…

私が居ることで皆不幸になるのか…

私は…私は何の為に今まで生きてきたのか…

マリーを救いたい…
ラブイズを救いたい…
キキョウを救いたい…

そう思っても、そんな力は無いから…ただ出来ることをしたかった…自分の力で少しでも幸せを感じて欲しかった…

ただそれだけなのに…
ただそれだけなのに…

いつも私は失敗する…いつもマリーに怒られる…

私が悪いから…私が悪いから…」

博士の目は虚ろになり、ただただ自らを否定し続けた。私は胸がすぅっと晴れるのを感じて笑い出した。

「アハハハハハ!アハハハハハ!アハハハハハ…もう死ねばいいんじゃない?私と死のう?それなら許してあげる。私と死んでくれたら信じてあげる!」

人は狂気を孕むとなんでこんなに残酷になれるのだろうか?もう一人の冷静な私がただ客観的にその場を見つめていた。

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